Vol.27 流山市立西初石中学校出身 佐藤俊介さん

 小学4年から6年までバスケットボール部だった佐藤さん。体力作りで小学5年から陸上部にも入り、バスケットボール部と陸上部を兼ねていた。流山市の陸上競技大会に出場し、小学5年、小学6年は1000mで連覇し、中学から本格的に陸上競技をやろうと思い、中学入学後は陸上部に入部した。

◆第69回から3年連続1区を出走

 中学1年時は、県通信大会、県総体の1年1500mで優勝し、県新人大会の1500mは4分16秒08で5位。1年生で唯一、入賞した。東葛駅伝は1年から1区を任された。

 「各学校のエースが集まる1区を走れるうれしさとどれくらいやれるかわくわくしました。緊張よりも楽しみが上回り、10位で2区へつなげました」

 中学2年時の1区は、同級生が1区に多く、同級生を意識した。

 「1年目とは違った緊張感があり、同学年の選手が力をつけてきていたので、彼らには負けたくないという思いからプレッシャーはありました。先頭は3年選手でしたが、同学年の白山中の野島健太、旭町中の藤島幹大が2番手、3番手で私は4番手くらいで2区へつなぎました」

第71回東葛駅伝=右から二番目の青と黄色のユニフォームが佐藤選手

 中学3年時は、今年こそは区間1位で2区へつなぎたいという思いがあった。

 「チームとして入賞できる力もあり、2年時同様にプレッシャーはありました。ピークがずれて残り800mで離されましたが、最低限の走りをしないと、と切り替え、1つでも上の順位でつなぐことを考えました。10番前後でつなぎ、2区以降の選手の頑張りがあり、チームは6位入賞でした。狙った上での入賞を果たせたのはうれしかったです。東葛駅伝は、途中で苦しくなっても沿道からの大声援がとても力になり、楽しい3年間でした」

2015年7月 県中学通信大会1年男子1500m優勝
2017年7月 県中学通信大会共通男子1500m優勝
2017年11月 千葉県中学駅伝1区

◆全国高校駅伝の出場経験がある流経大柏高校へ進学

 中学2年時の冬に流経大柏高校の徳永孝太コーチと当時、青山学院大の鈴木塁人さん(現GMOインターネットグループ)が西初石中に練習を見に来られた。徳永さんから「待っているよ」と熱意を感じたのが印象的だった。 複数の高校の練習会に参加した中で、雰囲気がいちばん合っていると思ったことと自宅から近かったこともあり、流経大柏高校へ進学を決めた。

 入学後は、全国中学駅伝の優勝メンバー3名が同期にいて、2年後は全国高校駅伝に絶対に出場できると思っていた。選手間の話し合いで高校3年時は主将を務めたが、コロナ禍となった。先が見えない中でも全国高校総体と全国高校駅伝は開催されることを意識して、個人練習はやっていた。チームとして集合練習できない期間が長く、レースもなく目標をつくることが難しい中で全国高校総体の中止が決まった後は、練習に身が入らず、気持ちが切れてしまいケガをしてしまった。

 「コロナ禍で過ごした時間は確かに苦しかったですが、その分得られたものも大きかったです。部活動だけではなく生活の制限が厳しかった中、人との対面があまり好ましく思われなかった時期に私たちが目指す全国高校駅伝のためにチームメイトの親御さんが練習先まで生徒を車で送迎したり、練習の様子を見に来てくださいました。菅原和幸先生、徳永コーチは、難しい環境の中でも練習場所の確保やメニューの組み立てや選手個人ごとに声掛けなどをして、ほかのスタッフも含め多くの方の協力おかげで部活動ができました。今までは普通にできていたことができなくなっても、私たちのためにその時にできる最大限のことをやってくれていました。何気ないことが当たり前じゃなかったことを気付かされました。そんな中、親御さんが練習の送迎に来るたびに、私は飲み物を箱買いして、親御さんたちに差し入れなどをしていた時期があります。ほんの小さなことかもしれませんが、走りという形だけではなく感謝の気持ちと支えてくださっているという自覚を示していたと思いますし、コロナ禍という環境だったからこそ、人の想いを感じることができました。菅原先生は『偶然というものはない。何事も必然』という言葉をよくかけてくださいました。コロナ禍は自分の成長のために必要な時期だったのではないかと思えました」

◆箱根駅伝出場を目指して流通経済大へ進学

 流経大柏高校との関係も続き、大学では花を咲かせて、箱根駅伝を目指したいという思いから流通経済大への進学を決めた。高校時代は菅原先生、徳永コーチが個人個人をしっかりサポートしてくださったおかげで競技に取り組めた。しかし、大学時代はより自主自律を求められると同時に、より結果を求められる難しい世界にギャップを感じ苦しんだ。自分の中でも練習が中途半端で、走れるイメージが湧かず、走ることが純粋にきつかった。

 大学3年時の1月に長谷孝治駅伝監督からプレイングマネージャーへの打診があり、高校時代にお世話になった徳永さんに相談したところ、「俊介はマネージャーに向いている。自分の居場所をつくりなさい」と言ってもらった。菅原先生にも話をして決心がつき、自分よりも走れるチームメイトに力を発揮してもらいたいと思うようになり、プレイングマネージャーではなくマネージャーに専念することを長谷駅伝監督に伝えた。 「高校3年間でいろいろな経験を経て、人の思いや気持ちを感じて、人のために何かをするという大切さを学びました。高校時代に培ったその感覚に気付けたからこそ、大学4年でマネージャーになれたと思います。マネージャーは、メダルや賞状がもらうことはなく、スポットライトを浴びる存在ではありません。自分のためではなく人のためにやる仕事です。走りではチームに貢献できなかったですが、『マネージャーがいると助かる』と言ってもらい、チームのためにという気持ちが強くなり、前向きになれました」

◆今後の目標

 2026年4月から流経大柏高校のアシスタントコーチを務めている。

 「高校、大学での経験からコーチという仕事を通じて選手たちに伝えたいのは、今やりたいことをやれていることへの感謝の気持ちを持ってほしいことと、とにかく悔いのないよう取り組んでほしいということです。私たちと違う時代、違う感性で過ごしている子どもたちに何をどう伝えていけばよいのか、答えはわからないことばかりです。自分自身、選手としっかり向き合いながら私が選手時代に果たせなかった全国高校駅伝に菅原先生と徳永コーチを連れて行くために答えを作り上げられたらと思います」

2024年3月 立川シティハーフマラソン

この記事を書いたライター

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