良書吉日 吉法師

「良書吉日」新連載スタートのお知らせ

 今号から「良書吉日」と題して、吉法師(きちほうし)さんの読書案内がスタートします。歴史に造詣の深いスポーツマン。本の世界に棲む「虫」さんですが、いよいよ活字の海に漕ぎ出でます。どうぞお楽しみに。

(ふれあい毎日編集部 谷野)


『父がしたこと』青山文平著  角川書店刊

昭和を代表する時代小説作家のほとんどが鬼籍に入ってしまった現在、その道の泰斗といってもいいひとりが青山文平である。

青山文平は横浜市出身、1948年(昭和23年)生まれの76歳である。2016年『つまをめとらば』で第154回直木三十五賞を受賞、以来時代小説の旗手として文壇を牽引している。青山文平の小説は物語の展開だけに主眼をおくのではなく、テーマを設けて、登場人物たちにその関わりを通した生き方を端正な文章で描いていく。


表題の小説のテーマは医療である。時代は水野忠邦の天保の改革の真っ最中、蘭学の排撃が行われていた。幕府の奥医師は漢方医ばかりであったが、世間では蘭学の浸透は徐々に広がっていた。

華岡青洲が全身麻酔手術で乳がん手術に踏み切って以来、相当の数の全身麻酔下での手術例が積み上がっていた。そうしたなか、主人公の目付、永井重彰は父から藩主の病状を告げられるのであった。

父は藩主の身辺の御用を取り仕切る小納戸頭取で、藩主の幼い頃より御側に仕えていた。藩主は8年前より痔漏を患い、放置すればがんに変化するといわれていた。手術は内聞で行う必要があり、担当医に選ばれたのが漢蘭折衷派の名医ではあるが在村医の向坂清庵であった。

向坂清庵は華岡青洲の流れをくみ、全身麻酔手術の巧みさで知られていたが、執刀者の名は伏せなければならなかった。永井重彰は自分の長男も赤子の時、尻の穴がない鎖肛という病状のため向坂清庵に治療をゆだねてきた。

江戸時代後期の医学をめぐる動きと治療を通して武家社会とその家族の人間性を深く見つめていく。医学の専門用語が数多く披歴される。はたして、父のしたこととはいったい何なのか、その推理はクライマックスへと導かれていく。

■吉法師 漁師町の生まれ。青春は陸上競技に明け暮れ、その後、トライアスロンにも挑戦。中学生時代、国語教師への憧れから、読書に目覚め、今や本の虫。

この記事を書いたライター

今月のプレゼント