綻ぶ、その輪郭-立田悠悟 (ファジアーノ岡山)

 6月28日、IAIスタジアム日本平で柏レイソルが清水エスパルスに勝利する少し前。ファジアーノ岡山はカシマスタジアムで首位・鹿島アントラーズに逆転勝利を飾っていた。

 右CBとして奮闘した立田悠悟は顔を綻ばせて喜びを表現していた。なんでも、「J1昇格クラブが昇格初年度…」云々という素晴らしい結果やデータが注目されたほどの勝利。岡山が見せてくれたたくましくしたたかな戦いぶりは本当に素晴らしかった。


 鈴木優磨やレオ・セアラ、チャブリッチと言った名前を聞くだけでも強烈な鹿島アタッカー陣、厚みのある仕掛けと対峙するのが立田の仕事だ。鈴木に1発をもらってしまう良くない展開はまずあった。スタジアムも雄叫びが飛び交うシチュエーションだったが、相変わらず、ピッチ上で「よく喋る」。相変わらず、「アンテナ」だった。この日もウォーミングアップから喋り続けていた。取材エリアへ現れる際には声はガサガサなんてことはしょっちゅうな人。この日もなかなかのものだった。

 華々しく開幕を飾り、少しの足踏みを経て、神奈川県と茨城県という「関東遠征」を2連勝で終えた立田はこう振り返ってくれた。岡山が倒した相手は「横浜F・マリノス」と「鹿島アントラーズ」。胸を張っていいはずだが。

 「前節もだいぶ攻められながらの試合だったので…『これがウチの戦い方かな』という感じですかね?『粘り強く戦う』という。この2試合でそこを示すことができたかなと思います」

 歓喜はロッカールームに置いてきたのか、その受け止めはやや冷静だった。腰が据わっているとでも言おうか。


 「自分たちに目を向けるとするならば、『かなり大きな勝利』で間違いないと思う。『鹿島とのアウェイ戦で、カシマスタジアムで、逆転で勝利』という価値のある試合にはなったんですけどね、ウチの木村太哉なんて、J1もカシマスタジアムでの試合も初めての選手なので、ここで勝つことがどのくらいの価値があることなのかをよく分からなかったらしいですけどね(笑)。自分としてはここはプレーしていても嫌なスタジアムでもあるので、ここで勝てたことは、『1人の選手としての喜び』としても特別なものがあります」


 5月に日立台で対戦した後は勝利から遠ざかっていた当時のチーム状況を慮りながら、「開幕の頃に比べてみると、今は少し『馴れ合い』のような雰囲気を感じている。できる限り、要求をしていきたいと思っています。これは良くないから」と警鐘を鳴らしていた。

 外様の記者から見ると、立田のパフォーマンスも良好で順調に歩みを続けているように思うし、何より適材適所な人員配置とクラブを取り囲む素晴らしいムードや文化の創成そのものが岡山の強みのように思っていた。岡山を客観的に見ていれば、「数字」の重ね方も含め、着実にJ1を歩んでいるように思っていた。


 「やっぱりチームには『良い時』と『悪い時』がありますけど、その波のようなもの、その差が少なくなってきているのは感じています。今日の試合のように、点を獲ってくれたら、我慢ができるメンバーやチームだと思うので、『粘り強く、泥臭く、みんなで守って、勝つ』。そこがウチの良さなんだと思うので、そこを伸ばしたいし、技術的な部分でも戦術的な部分でもやれることを増やしたい。その意味でも今日の勝利は大きいですね」


 8月に対戦を控えるクラブの偏愛記者として、あまり無作法な真似はしたくなかった。突っ込もうと思えば、岡山の戦術云々についても…といった欲も満たせたはずだが、「良い岡山」、「粘り強く戦う岡山」、「絶対にほっとけない選手揃いの岡山」を堪能した、そのくらいに留めておくべきなのはこの日の取材を決めた時から胸の中にあった。

 …それよりも、この日、この場所では立田に感謝を伝えねばなるまい。

 立田にマイクを向けながら記者ぶってはいたが、私の気持ちを正直にここへ記せば、「鹿島と勝点が並んだぞ!」。もちろん、「レイソル」の文脈だ。

 立田の表情は「いかんともしがたい」という言葉をそのまま表した表情だった。

 「…個人的には清水と柏に対しては色々な気持ちもあるし、当然、負けたくはないですけど、今日は結果的に柏の後押しをしてしまいましたね(笑)」

 そうなのだ。立田に再会できたとて、今の立田は岡山を背負っている存在だ。私としては最大限の敬意を払いながら、「レイソル」について話をしてもらうことにした。

 まずは5月の対戦についてだ。

 試合の少し前から「日立台はホームだから楽しみ」といった類の発言もキャッチしていた。

 あの日は挨拶程度に済ませて、特に「取材」はせぬまま、「レイソル…ばっか上手くて、ばっか強かった」という名言を頂戴して、「カシマで会おう」と別れていた。立田にとって、「あの試合」はどんな試合だったのだろうか。

 「自分は『勝ちたかった試合』だった。選手もそうですし、知っている人たちばかりでもありましたから。マッチアップしたカキくん(垣田裕暉)にしても、マオ(細谷真大)にしても、特長をよく分かっている選手ですから、『自分のところに来たら止めれる』という自信はなんとなくあった。だから、結果については余計に悔しかったですよ。あとは『とにかく強いな…』って気持ちかな」

 では、「少し遠くへは行ってしまったが、岡山の選手として、『現在のレイソル』をどのように見つめている?」。そう聞かせてもらった。

 「個人的に柏レイソルがめちゃくちゃ好きなので。退団となった時もすごくさみしくて。自分としては『レイソルにいたかった』って、そんな気持ちが正直あった。でも、そのあとに岡山に…自分を拾ってもらえることになって。今こうやってやれている。昨年の終盤戦にできていたプレーを引き続き岡山でもできていて、さらにレベルアップさせることができている。間違いなく『柏での経験』が大きいと思いますし、『良い思い出』も『悪い思い出』もたくさんあった、本当に『濃い2年間』だったって思っていますし、『あの経験があったから…』って言えるので。今も…なんていうか、『頭が上がらないチーム』ですし、『こんなに濃い2年間を…』と本当に思うし、今でも応援…?うん、応援はしています」

 誤解や語弊に繋がらないよう、改めて記すが、最大限の敬意を払って話をさせてもらっている。「古巣」と呼ぶにはまだ温度感はあるし、そもそもあれだけ丁寧に「カーテンコール」をしてくれた3人の1人。どうかお許しいただきたい。

 立田の表情は引き続き「いかんともしがたい」といったところ。だが、失礼とは百も承知で、少し踏み込んでみた。

 「今日、岡山が上位の景色を変えました。さて、どこが優勝しますかね?」

 そんな投げ掛けに対して少し難しい表情をしかけたが、こんなことを話してくれた。

 「うーん…!柏には優勝して欲しくないです!…それは冗談ですけど(笑)。応援していますよ!すごく応援しています。もし、お互いに勝点や順位が近いチーム同士だったら、色々まずいこともあるのかなって思いますけど、『個人』としてかなり応援しています。それから、次の対戦では前回よりもっと成長した姿を見せられたらいいなと思うし、それが恩返しになるのかは分かりませんけど、自分たちが柏に勝つことが個人的にはサポーターのみなさんへの恩返しになるのかなとは思います。試合に勝ったら挨拶へ行ったとしても、思い切りブーイングをされるかもですけど、その時はその時で思い切り喜びたいなって(笑)」

 8月の対戦で試合後のJFE晴れの国スタジアムに響き渡る凱歌は「ロレンソ」か「ラインダンス」か気になるところだが、私がカシマスタジアムで観たサッカーを岡山にされたら、一筋縄ではいかないことは明らか。

 「少なくとも、柏を出て、こうやって試合に出て、プレーしているということで、少しは恩返しできているつもりではあります。今は岡山で幸せにやっていますから」


 難攻不落と言われた地で「かなり大きな勝利」を手にした直後、クタクタな上にとんだ昔話をされて戸惑ったかとは思うが、「サッカー選手」と「パン屋さん」を夢見ていた静岡県の少年も27歳。たくさんの経験を積んで、また立ち上がり、今へ繋げているせいか、話す言葉や感覚、機微の輪郭もますます良くなった。やっぱり立田はいい。

 そんな話をしながらの別れ際、立田の左側でたくさんの記者に囲まれたチームメイトを指差しながら、こんな返しが来た。

 「…いやいや、やっぱりね、あの人がヤバいんで」

 そう、次は「あの人」のお出ましだ。

(写真・文=神宮克典)

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