
ポケットカウボーイ-久保 藤次郎

5月31日の神戸戦を終えて柏レイソルの「2025明治安田J1リーグ」の前半戦が終わった。
2月の開幕から、常軌を逸した過密日程をたくましくこなしながら、「9勝7分3敗・勝点34」という見事な成績を積み上げている。昨季の最終順位を確認すれば、この成績の素晴らしさや愛着、感慨はさらに増す。
リカルド・ロドリゲス監督が持ち込んだ攻撃的な戦い方はレイソルを観る者たちを魅力している。
いわゆる、「システム」という概念について考えさせられるほど、攻守両面で流れるように表情を変えるレイソルの陣形。ピッチ上の「3」が「2」になり、「2」が「4」にも「5」になり、そのすぐ近くでロドリゲス監督が「バモス!バモス!」と選手たちを支え、控える選手たちも野心的という「11+1+α」の光景は何度見ても、また何度でも見たいと思わせる。
頻繁に表情を変える陣形の中で最も強烈なインパクトを放ってきたのは右サイドの久保藤次郎だと思っている。大外から縦へ横へ、また斜めへ。そんな巧みなポジショニングや仕掛けが何度好機を作り出したことか。
「ちばぎんカップ」を終えて2025J1リーグ開幕戦。そして、ホーム開幕戦。そんな2月にはこんなことを話してくれていた。
「…うーん。自分としては『もっとできる』って思っています。もっと仕掛けることだってできて、ゴールを演出することやシュートを打つことだってできる…『もっと、できる』と思っています。『攻撃が足りていない』、『持っている力』を出せていないと感じているんです。監督は今の自分を評価してくれて、まだ全てを出せていない自分に期待をして起用してくれている訳ですから…自分の中でははっきりと『危機感』が生まれています」

既に小泉佳穂と原田亘との連携は久保というタレントの片鱗を見せており、その前途には明るく光る道が見えていたように映っていただけに、「危機感」とは少々驚いた。久保は「まだ『能力が足りていない』ということです」と自らを律して、言葉を続けた。
「…例えば、『10回仕掛けろ』と言われて、2回ビッグチャンスに繋がることってあると思うんです。また、残り8回の中で、『無謀なチャレンジ』が3回あっても、『良い判断』に繋がることもある。無謀でもビッグチャンスに繋がったとなれば、確率はまた上がることになる。2回だったビッグチャンスが3回になれば、バリエーションも増えることになる。でも、そこが今、目の前にある『壁』」
実際に「もっとできた」。
こちらから「無謀」とは言えないが、かなり「意欲的なチャレンジ」もあった。「良い判断」は数多く披露された。「右から生まれた好機には必ず久保が関与していた」。そう共感してこのような記事に残しておきたいほどだった。
ここへさらに付け加えると、「かなりのフォトジェニック」。久保は撮影していて飽きがこない。どうしてもたくさん採用したくなる選手の1人だったりもする。私はいわゆる「世代ではない」立ち位置だが、たまにスコットランド代表のレジェンド、ケニー・ダルグリッシュに似ている。
私たちも体感させてもらっているように、彼ら選手たちがピッチで求める「結果」は積み上げられていた。しばらくすると、久保に「数字」も付いてきた。3月の鹿島戦ではレイソル初ゴールをスコア。手痛い敗戦の中の希望の光となった。

既に「スプリント回数」や「走行距離」というジャンルではリーグ上位の常連選手ではあったが、2月にウインガーらしいアシストを記録して以来の明確な「数字」だった。
「今日の『ゴール』に関してはだいぶポジティヴ。アシストを記録してから、タイムリミットのギリギリのようになってしまいましたし、自信を持って右足でファーへ振り抜くことができました。きれいではなかったけど、入ってくれたのは自分に勢いがある証拠なのかなと」
天候やピッチ状態、そして、対戦相手。それらを見極めながら戦う中では多かれ少なかれ「エラー」は起こる。いつだって、なんだって、物事の「あゆみ」とはそうやってできている。そこで感じたことがその後を照らす。
「いつもと少し異なるやり方で臨んだ部分もあり、いつものやり方との…兼ね合いですかね。これは自分も含めてですけど、意識し過ぎてしまったと思うし、『オートマチック』ではなかったですね。自分の感覚では『もっと繋げたかな』と思う。これからはそのあたりの感覚をすり合わせしていくことが必要になる。悲観する負けではないと思う。指宿キャンプから負け無しで、今日1度沈んで、また浮上するために大事な試合になった」
とにかく試合に絡み続けた。まさか久保を愛鷹広域公園多目的競技で見るとは思わなかった。だから、元々の思慮深さや表現力、その際のワーディングも含め、上記の言葉もスッとこちらに入ってきた。
そして、さらに良いのは「違うもんは違う」と気持ち良く回答してくれるところ。
ある試合でのレイソルは国立競技場での東京戦のように、「重めの前半・強めの後半」のような戦いに見えなくない、そんな試合経過に映っていたという感想を久保にそのまま伝えると、「それは違います」とはっきりと否定して、「では、何が違うのか」を伝えてくれた。

「ゴール前へ進出する回数も以前より増えている。クロスを上げるタイミング、クロスに入って来るタイミング、抜け出すタイミングなどが徐々に合ってきている感触があります。だから、東京戦などとは違う『後半の戦い』ができていると思います」
久保に話を聞かせてもらったこちらが、「そ…そうだよね」と鎌を掛けたように、ぎこちなく振る舞うこともなく、頭の中でいくつかのハイライトが再生されるような説明だった。
広島へ移籍した木下康介のレイソルラストゴールをアシストした横浜FM戦。久保は木下が指差すコースへ完璧なクロスを通した。
しかし、ここでもまた『あのセリフ』が。
「自分自身のこの先を見据えてみると、『まだ攻撃が足りていない』と感じています。そこに尽きる。はっきり言うと、『数字』ですよね。後半のアシストについてはゴール前の動き出しをしっかり見ることができていましたし、良いボールを上げることができて、数字も付きましたけど、2点取る機会もあって、もっと云えば、アシストだってできたはず」

そう自らに注文をつけたが、まるで黄色の超小型車の如く、小刻みにクラッチを踏み込み、緩急を変幻自在に操って相手陣内へ攻め入る久保。いわゆる「ポケット」という狭いスペースの突き方、そこでの振る舞いや存在感はリーグでも屈指の存在だ。あのエリアに発生するせめぎ合いの強度を乗りこなす。「攻撃が足りていない」とする、そのニュアンスは遅攻でも速攻でも、チームとして、相手を脅かす攻撃の回数や久保の「数字」という両面を含むものだと理解している。だが、そのディテールはまだあった。
今季が中盤戦に差し掛かる頃から感じている顕著な事象としてあるのは、久保らのボックス付近でのアタックやポケット進入後に起こる「FKの獲得」や「CKの獲得」だ。データこそ持ち合わせてはいないが、久保絡みのCK獲得の機会は少なくない。
選手や関係者の往来が激しいニッパツ三ツ沢球技場の取材エリアで久保はこんな話をしてくれた。
「先に失点をしたこと、乾いたピッチ状態に対すること、それ以外で云えば、『セットプレーからの得点』が必要な頃なのかなと」
これは私見だが、サインプレーを落とし込んでCKを流し込むことより、ショートコーナーでパスを連ねる方が現在のレイソルにとっては「ゴールの可能性」や「被カウンター」のリスクマネジメント的にも好都合が揃っているから、ショートコーナーの機会が多いと理解している。
逆に云えば、「レイソルの攻撃は芝をドライにして、陣形を引いて、CKに逃げれば…」という対策が敷かれることだって今後はあろう。「ティキ・タカ」で鳴らしたあのスペイン代表だって、大一番ではCKから勝利を奪っていったんだ。確かに「CKからズドン!」があってもいい。
「これについてはピッチ状態は関係ないので。今日の前半のゴールも『ショートコーナーからの流れ』から。ビルドアップから敵陣まで押し込む場合とCKから押し込んで繋ぐ場合ではリスクが全然違いますし、あのショートコーナーからの攻撃自体もそれはそれで構わない。ただ、シンプルに直接ボールを中に入れて、ゴールを獲れるかどうかもこれから大事になる」
奇しくも監督や選手たちからはよりはっきりと「タイトル」という意欲や言葉が聞こえ出している今、その提案が持つ意味は大きい。
手痛い敗戦を喫した5月の神戸戦で「前半戦」が終了。レイソルはルヴァン杯と天皇杯の「カップ戦ウィーク」に突入するタイミング。そこで久保に前半戦の自分自身を評価してしもらった。
「しっかりと前半戦の全試合に絡むことができたことは評価していいと思っていますし、チームも上位を維持、優勝争いをできている。やはり、『数字』の部分は少し足りていないですけど、自分自身、開幕当初よりも成長できている感触がありますし、楽しむことだってできています。リーグはあと18試合。その中でもっと成長することができたらと思います」

「MとVとPの3文字を『前半戦』の後ろに付けて、久保にマイクを向け、その記録を残したい」と動いた数週間だったが、そもそも、これだけ話せる選手だ、彼をテーマにした取材記事は多い。私も少し出遅れてしまったくらいだ。
そんなタイミング。ある会場の取材エリアで久保のぶら下がり取材が終わり時を見計らっていると、「悔しいですね、本当に」という久保の声。
そして、後日。久保に問い直した。
記事のアングルにさらに新たな角度がついた格好だ。
テーマは「日本代表選出について」ー。
柏レイソルからは細谷真大と熊坂光希が選出され、W杯最終予選・オーストラリア代表とインドネシア代表との対戦を控えていた。
選出リストに「MF/FW久保藤次郎」の名は無かった。
久保は悔しかった。神戸戦後にも改めてそう話していた。
「代表については…今も悔しいですよ。本当に!その意味でも、今日の試合に勝てなかったことはすごく悔しくて。やっぱり、『代表』というのは勝つことで選出をされるものだと思うから。今までは『代表』へ向かって、そこだけを目指してやってきたわけではないのですが、『今までサッカーをやってきて、一番のチャンスはまさに今だ』という気持ちが自分の中にある。そう感じているので、狙いにいっているんです」
私も正直、久保は面白い存在だと思っている。なぜなら、いつか日立台でこの目でよく見た「やたらと速い」、あの現象に近いものを感じるタレントだから。
自ら「狙いにいっている」と公言しているが、過密日程はもうしばらく続くし、気温はこれから跳ね上がる。
「スプリント回数」や「走行距離」は相変わらずハイレート。彼を讃える応援歌もできたし、ゲートフラッグも多い。先日発売の選手アクリルキーホルダー。久保の商品があったはずのラックは一度、空になっていた。
注目は高まっている。
おそらく、疲労も高まっている。
だけど、狙いにいっている。
「コンディションは大丈夫。次?行けるっす」
ルヴァン杯・東京V戦を控えたタイミングで久保は明るく話した。
そして、「結果」や「数字」、「タイトル」に「代表」。それらを勝ち取るために必要になるもをリストアップ。そのディテールがまた秀逸だ。
「うーん、『もっとゴール前で落ち着けたら』と思っています。そこまではいけるようになってはいるので、『そこで落ち着けるか』、『力を抜けるのか』、『顔を上げられるか』…そこですね。練習からこだわってやっていければ、もっと良くなると思う。自信を失わず、大切にしてやっていきます」
攻撃での働きはもう言い尽くされている。守備でのハードワークも厭わない。ある時は失点のピンチに現れて、踵でシュートブロックをしてくれたほどだ。とにかく、久保に必要なのは「チームの攻撃に絡…いや、『ゴール』」なんだと思う。
東京V戦では渡井理己の見事なクロスに反応してゴールネットを揺らした。「1個前のチャンスでミスをしてしまいましたけど」と苦笑いしてから、その感触をこう話した。これまた秀逸な表現で。
「マサが顔を上げた瞬間に『来る』と思っていた。そこから『スプリントをしっかりとかけて』、『相手を置き去りにすることができて』、シュートへ行けたことが良かったし、マサのボールが素晴らしかった。当てるだけで入ったので」
このゴールが「アピール」となったかどうかは、またしばらくして分かること。自分のここまでの来歴を振り返りなから、希望と野望を口にした。

「このルヴァン杯を見てくれているのかまでは分かりませんけど、『きっと見てくれているはず』と思ってやっている。『どの試合を誰が視察しているのか分からない』というのは自分がよく知っている。とにかく、『ゴール』ですね。また獲ります」
柏レイソルとリカルド・ロドリゲスに選ばれたんだ。まだ何も決めてはいけない。
そして、飛び込んできた、「名門大量5選手を招集へ 7月・東アジアE-1選手権」という報道。
なんでも、選考基準は「Jリーグで活躍している選手、より将来に期待ができる選手を招集したい」だと記されていた。
面白い報道だ。
どこからどのように選出をするのかは監督次第、ただし、サッカーという競技、代表チームは5人だけでは成立しない。
この春、日本代表監督殿をピッチレベルで、試合会場のエントランスでお見かけした。
だが、野暮なことは言わない。さて、どうなるのか、見てみようではないか。
(写真・文=神宮克典)

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