
「打て!打て!打て!」ー 瀬川祐輔 Vol.2

世界中の某テーマパークで愛嬌を振り撒くキャラクターたちにとてもよく似た顔のパーツの黄金比を持つ顔を、ちょっとだけいたずらに綻ばせながら、瀬川祐輔は私にこう言った。
「…リカルドに聞いてみてくださいよ(笑)」
確かに。そう言われた以上、聞かねばならない。
ちょうど、この日は過密日程などで長らくお預けとなっていた対面形式の監督会見が予定されていた日でもあった。
だから、リカルド・ロドリゲス監督に聞いてみた。
私が当てた質問は、「瀬川選手にはどのような期待を?どのようなディテールを持つ選手と認識されている?」ー。
こちらをしっかりと見つめながら、淀みなく質問に応えてくれるリカルド。言葉だけではなく彼の感情をも忠実に再現する通訳・村松尚登氏から翻訳されたその回答は以下の通りだった。
「瀬川は前から興味を持っていた選手の1人だった。このチームに加わってくれてとてもうれしい。彼はFWとしても2列目、トップ下やシャドーとしてもプレーができるポリバレントな選手。上手くチームにフィットしてくれるでしょう。守備能力も高い選手ですから、攻撃や守備での貢献に期待をしている。東京V戦に起用をしましたが、守備の改善点がいくつかありましたけれども、決定的な場面を作ってくれましたし、京都戦でも同じように明確な決定機があった。あれを決めていれば、我々は『勝ちに相応しい試合』をしていたことを証明する追加点となったはず。今後も彼の活躍に期待しているんです」

個人的には「デランテーロ(FW)」や「メディアプンタ(MF)」というスペインサッカーワードが会見や自分に向けられた回答の中で聞けるだけでも眠っていた血が騒ぎ出すのだが、まあ、それはいいとして。
瀬川が「リカルドに…」と応えたのは、私が「前回の所属時もそう、湘南と川崎を経て再加入している。いずれも『ボール保持』で違いを出す傾向にあるクラブに選ばれてきた。こちらから見ていると、『堅守速攻』のクラブに在籍していても輝きそうなのに」と話を向けた、その回答の一端だった。
「自分は『ボール扱いが優れている』選手ではないし、カウンターでのスピード感だって、そこまであるわけじゃないし、もっと速い選手はいる。マオ(細谷真大)のように完結できてしまう選手はいる。自分はそこで『違い』を出せるタイプの選手ではない。ただ、『違い』に関してはあるのは『守備強度』。自分はそれを90分間出し続けることができるし、守備にも戻れるし、ボールを奪うことができる。そこは『違い』であり、『強み』かな。あと、なんだかんだ言っても、『ワンタッチ・ゴーラー』でもあるので、『ゴールへの嗅覚』と『守備強度』でもっと貢献ができる。『スタイルに合う』というよりもそのあたりが評価されているように思います。ボランチの選手ではないから、自分がボールを握る必要はないし、サイドMFやFWとして起用されてきた身からすると、少し『異質な選手』が入った方が、チームって上手く回りそうだから呼ばれてるんじゃないですかね(笑)…自分ではよく分からないから、リカルドに聞いてみてくださいよ」
つまりはそんな具合だった。
瀬川には2018年にレイソルが志向したサッカーとの違いについても聞かせてもらった。あの頃のレイソルもボールを握っていた。その中に瀬川はいた。川崎から再加入してから、しばらくが経つタイミングで、「レイソルのサッカーはどのようなものなのか」を併せて。

「まず最初に『システム』が違いますよね。それと『コジ(小島亨介)がいること』だと思いますね。コジのところで数的優位を常に作れるので。前にレイソルでやっていたサッカーも現在のリカルドのやり方も『相手によってやり方を変える』ところは似てはいますけど…今のチームの方が選手間の意識の部分が違う。それこそ、『サポートの意識』のところ。それと、選手たちそれぞれの『度胸』かな(笑)。そこは違う気がしています」
また、ひかり輝くJ1リーグのピッチに立つべき選手に求められるディテールにも言及。「勝ったことがある」という経験だけでなく、ほんの数ヶ月前にアジアの頂をかすめ見てきた男が言うのだ。ここは肝に銘じておきたいディテールだった。
「あとはより現代的な…『上手い』とされる価値観が変わったかな。『選手たちに求められる価値観』みたいなところで、『最後まで相手を見てプレー選択を変えられる』、『ターンをするのかパスをするのか』、『ダイレクトでパスをするのかしないのか』のようなところ。今はそれが正確にできることが『上手い』とされている時代でもあり、そもそもの『サッカーの在り方』が変わっている。そこの違いと言っていいかもしれないですね」
数週間前に話していた「確率の高い方を選ぶようになった」という瀬川の姿勢は復帰戦となった東京V戦でも見られた。瀬川の云う「価値観」にすごく近いものかもしれない。
中央でボールを受けた瀬川は軽くボールの感触を確かめると右サイドへボールを展開して、ゴール前へ加速しながら進出。その所作は極めてスムーズ。そんなシーンが見られた。過去にも見られたシーンかもしれないが、以下の瀬川の言葉がその意図の意味を担保する。
「今のレイソルはボールに対してサポートをする。それが1人ではなくて、サポートをしている選手をさらにサポートしているような形。しかも、それを今は頭で考えなくてもできている。そんな感覚がありますね。ボールを握り続ける分、例えば、その時間が5分経てば、その分のスペースも空いてくる。自分はそのスペースを使うし、太陽はそのスペースへボールを出してくれるし。『味方を助け合いながら前進をしていく』という理解ですかね」

加入後の鍛錬や戦術の理解・解釈もあるだろう、経験からくる成熟だってあるのだろう。瀬川の中にある理解に関するレイヤーは豊かで、「事象と効能。それ、即ち」という点で私もとても参考になった。
ボールを持てば、「サポート」を繰り返し、皆がこだわりがちな陣形そのものはファジーにファジーを重ねたような攻撃的な立ち位置。究極的には相手のGKをも「サポート」で剥がしたいところだが、なかなかそうはいかないのがこの競技の難しいところ。相手だって何らかを狙っている。芸術点のような採点が勝利や得点へは繋がらないし、ハイライトに収まらない芸術的場面はクラブに任せる。
この姿勢や陣形、そもそも哲学を保つためには、肝が据わり、戦術理解の高い「ワンタッチ・ゴーラー」、しかも「ボールの即時奪回」のスキル、その意欲にも優れた選手、それらを様々な立ち位置から表現できる選手は確かに欲しい。そして、求められた側もフィットへ意欲を見せる。
「だいぶ頭の中を整理して臨めてはいる。守備については東京V戦での出場を機に、迷うことなく取り組むことができていて、攻撃についてはルールというよりもその状況、その状況で立ち位置を変えて周りと繋がっていくことは意識していますね」
味の素スタジアムでは試合後の挨拶の前後で大谷秀和コーチと事細かくすり合わせをしていた。気づけば、試合中にベンチを見やり、助言を求める姿も見なくなった。絶妙なフィットへの過程を感じさせる瀬川にこんな話も聞かせてもらった。「必ず決定機に顔を出すなり、関わっていますね」と。
リカルドも話していたように、東京Vと京都、清水戦。出場した試合で必ず決定機を迎えているあたりは「さすが」のひと言。瀬川が加入する以前に生まれていた好機とは少し異なるあたりも興味深い。傍から見れば、ゴールは時間の問題のようにも思えるほどに。
だが、瀬川が求めていたのはこちらのおべんちゃらのようなものではなく、もっとはっきりとしたものだった。
「やっぱり、『早くゴールが欲しい』という気持ちはある。東京V戦の決定機を決められなかったことに関しては、シーズンが終わった時に『もったいなかった』と思うだろうし、『まだ加入してすぐだしね』って思うとすればそれまでだしね。絶対に決めなくてはいけなかった。京都戦での決定機も…難しいシーンではありましたが、あれも決めなくてはいけなかった。シュート自体も枠にはいっていて、自分としてもだいたい90点くらいのプレーをできた。だけど、入らなかった。そこから色々と反省もして。『100点に近づくように』と前進をしているところではあります。このまま決定機を逃し続けてしまっていては試合にも出れなくなるだろうし…そのあたりはしっかりと自分に課しているところなんです」
じゃあ、その「100点」とは?もちろん、結論は出ていた。
「それは『ゴール』なんだと思います。そこだと思います」

その後にあった、FC東京戦のピッチを見つめていた瀬川の眼差しはしっかりと見届けた。あの持ち前の「黄金比」がやや劇画タッチに変わるほどの鋭い眼差し。どのように「あの日」のピッチを捉えていたのかはまたの機会に聞くとして、勝手ながら「そろそろかな」と楽しみに中断期間を過ごしていた。聞けば、複数ポジションでのトライも始まっていたという。瀬川のスペックだけでなく、冒頭のリカルドの発言があった分納得はいっていた。
だから、この上段までコラムを仕上げて7月20日の鹿島戦へ車を走らせた。
こちらからすると、「1点差の後半」と「76分瀬川投入」というシチュエーションはただの「フラグ」でしかなかった。実際にやってくれた瞬間、よく分からない自信があったわりにはよく分からない声が出た。
様々なポジションでスタンバイをしていた模様の瀬川だったが、ポジションはワン・トップ。「むしろ『ゼロ・トップ』解釈でも面白いな」と考えていた矢先、素晴らしい瞬間に立ち会うこととなった。
鹿島CBの隙間に漂い、立つべき場所の最適解を見つけた瞬間に中川敦瑛からの強めの縦パスが放たれた。「確率の高さ」はもう十分だったが、文系一家の私が理解する力学では説明不能なトラップから右足から振り抜かれた1発が鹿島ゴールを揺らした。「ボール扱い」は優れているし、且つ「ワンタッチ・ゴーラー」の仕事だった。
「ノブが僕を見てくれたことが全てで、あのタイミングでパスを出してくれたからこそ決めることができた」
そんな瀬川にマイクを向けさせてもらった。「もちろん、試合結果は無視できないが、瀬川祐輔にとって、今日のこのゴールには特別な価値がないか?」と。交代直後の復帰初ゴール、完璧なポジショニングと連携、みんなが待っていた「瀬川祐輔」像を見せたこと…かつてないほどの熱のこもったゴールセレブレーションだって含んでいい。
だが、当の瀬川は「…どうだろう」とやや慎重。この回答での最大のボリュームはチームメイトへの敬意とさらなる自分への要求だった。
「ゴールの価値…どうだろう?自分の中ではそうでもない…どうだろう(笑)?…いや、確かに。でも、結局はもう1点獲らなくてはいけなかったし。『あのPK』をコヤ(小屋松知哉)と奪い合うくらいの気持ちを見せなくてはいけなかった。昨日のPK練習でも自分は最初を外して2本目を決めていて、コヤは2本とも決めていた。今日もコヤはボールのところへ真っ先に行っていたから、それを遮ることはできなかった。自分だってコヤを信頼していたし。PKの結果はしょうがない。自分もコヤのように、あの瞬間、すぐにボールのところへ行く選手ではありたいですね」
試合後、肩を震わせていた小屋松に寄り添っていたのは瀬川。私はその光景を目にして、「いつかこの優勝戦線の中で、小屋松のクロスから瀬川がズドン!」という瞬間への次のフラグとしていた直後だっただけに熱い気持ちが込み上げた。

また、私が知っている瀬川なら、「1発、ゴールを決めてさえしまえば、もう手がつけられない選手」ー。そんなイメージがある。そして、ほぼそのまま言葉を瀬川に当ててみた。
すると瀬川は「…そういうイメージ、自分には無いけど(笑)」と笑っていた。かえす刀で、「いや、ある!」と力説してみたが、いつもアウェイ戦のレイソルチームバスはちょうどいい頃に出発するんだ。だから、むしろ、瀬川に気を遣わせて「あり…ますね、はい」と言わすよりも良い結びかもしれない。
瀬川はバッグを担ぎ直しながら、「次」へ向かってこう話した。バスのエンジン音は大きくなった。
「ボールが来れば、ゴールへ飛び込んでいって、決められる自信はある。そこはまたもう一度、チームのみんなに信頼をしてもらえるように。スタッド・ランス戦もありますし、『ただの練習試合』に終わらせてしまわないように、またアピールを続けていきたいですね」
チームとして、「大一番」に勝てなかった夜とはなったが、瀬川は何かに勝ってみせたように見えた。惜しくも勝点は増えなかったが、この人に「結果」が付いたのは大きい。
だって、この耐え難い季節が終わるであろう頃、レイソルが越えなくてはいけない「大一番」、または「天王山」を手繰り寄せてくれる選手の1人だと思うから。神奈川方面で過ごした「一番成長することができた」期を過ぎて、再びここにいる今の瀬川にはそんな期待をしていい気がしている。そのムードはある。
(写真・文=神宮克典)
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