良書吉日④読書案内「制作者たちの挑戦が見えてくる」

ふれあい毎日 良書吉日

『砂の器 映画の魔性』樋口尚文著 筑摩書房刊

 1974年10月に公開された映画『砂の器』の原作は作家、松本清張の新聞の夕刊に連載された小説を元に制作されたものだ。脚本家の橋本忍と映画監督の野村芳太郎のコンビはこの小説の映画化にきわめて執着した。
本書は公開から50年経っても人気が衰えないこの映画の魅力を、制作者たちの制作ノートや音楽の成り立ち、出演者や中国での反響のインタビューを交えて炙り出した一冊だ。著者は着想から約30年、映画公開50周年の昨年、本書を上梓した。

 この作品につぎ込まれた作り手たちの大胆な創意や熱気には通り一遍の「名作」「傑作」とくくるには惜しいほどの革新的なアイデアや技術、野心的な「賭け」に満ちていて、制作者たちの挑戦が見えてくるという。

 1960年、当時の松竹の社長であった城戸四郎は、もろもろのリスクを挙げて映画『砂の器』の制作を反対し続けた。しかし、脚本家の橋本忍はこの企画を大事に抱え、1973年には自らのプロダクションを興し、監督の野村芳太郎は古巣の松竹を辞す覚悟をしてまで、この困難な企画を実現しようとした。

 映画が公開されると、どこへ行っても劇場は大変混みあい、観客は鼻をすすって泣き出し、真っ赤な目をして満足げに劇場を後にしたという。この年の日本映画配給収入の第3位となる7億円を弾き出した。

 原作では数行しか記載されていない親子の遍路の旅路を、脚本では大きく膨らませ、映画後半の軸とした。このシーンは、日本の四季を背景に、オーケストラによるピアノ協奏曲の壮大なバックミュージックともに描かれる。

 原作を大きく改変させた「映画の魔性」とは何か。この著作物を通して映像が再び蘇ってくる。
■吉法師
 漁師町の生まれ。青春は陸上競技に明け暮れ、その後、トライアスロンにも挑戦。中学生時代、国語教師への憧れから、読書に目覚め、今や本の虫。

この記事を書いたライター

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