Vol.26 我孫子市立白山中学校出身 秋山洋一さん
小学4年の部活開始時は合唱部で、何か違うと感じ、2週間で陸上部へ転部した秋山さん。最初に持久走パートからスタートした際に、先生から結構走れるという評価をもらえたことがきっかけで長距離を始めた。
◆第45回に4区を出走し、チームも2連覇を達成!
「部活動として高校まで、同好会として大学まで競技を続けた中で、一番苦しかったのは白山中に入学後の最初の夏合宿です。当時の白山中の夏合宿は4泊5日、磐梯山で実施していましたが、午前、午後とも上り、下りだけの周回ロードでの距離走がメインで暴風雨の中でも練習があり、辛すぎて泣きそうでした。顧問の先生の車もマイクとスピーカーが付いていて、車に先導されながら走り、人生で一番長く感じた5日間でした。今考えても当時の練習量は中学生のメニューではなく、相当根性とメンタルは鍛えられました。一方、その後の高校、大学では指導者が不在でしたので、自分で白山中のメニューをアレンジして練習していたため、楽しく陸上競技と向き合うことができました。中学時代のハードな練習や合宿を経験したことで、メンタル的な強さは社会人になっても役に立っていると思っています」
中学2年時は1学年上が圧倒的な世代で、自身は3000m9分40秒を切っていたが、チーム13番手で東葛駅伝の出走はならなかった。1区にチーム4番手を起用し、2区で独走態勢に入り、圧倒的な力での優勝をした。翌年の3年時は、同期がわずか4名で、しかも東葛駅伝の前月に開催の葛南ロードレースで鎌ケ谷五中と湖北中に負け県中学駅伝への出場を逃した。東葛駅伝は10位入賞できれば良い方と思っていたが、何とか2連覇を達成することができて、特に自分たち3年生がしっかりやらねばという思いで初めての東葛駅伝を走った。「卒業2年後まで優勝が続き、最終的には4連覇に貢献できたことは今でも誇りに思っています。改めて東葛駅伝は全国を見ても中学生で10区間、一般道路を使ったレースができるのは東葛駅伝以外では聞いたことがありません。箱根駅伝のミニチュアなようなレースであり、県中学駅伝や全国中学駅伝のように周回コースを走るよりも本当に駅伝を走ったと実感できるものだと思います。前後のタイム差がわかりやすい周回コースの駅伝よりも一方方向でのコースの方が難しさはあると考えます。また、学校行事として校内で男女関係なく最も速い10人を揃えての勝負を70年以上も続いているという伝統も含めて、中学生ではなかなか経験できませんし、他部活の子が3年の最終学年では東葛駅伝を走りたいから夏休み以降に駅伝部への参加をする子もいるくらいです。東葛駅伝は駅伝のおもしろさがたくさん詰まっており、将来、箱根駅伝を目指すきっかけとなる駅伝大会だと思っています」

◆長距離顧問不在の県立高校へ進学
強豪校から声も掛からなかったこともあり、県立高校へ進学した。高校では陸上競技を指導する先生が不在で長距離部員は3学年合わせても7人揃わず、白山中時代の練習をベースに練習を続けていた。「同級生に東葛駅伝を経験している上杉(常盤松中出身の上杉兄弟の父親)と出会い、良い刺激を受けながら練習することができました。高校3年時、私たち2人は、前年に全国高校駅伝に初出場した同じ支部の市立松戸高校、専大松戸高校、流経大柏高校、西武台千葉高校の主力選手と互角に張り合うまで走力もつき、高校史上初めて予選を通過(当時は県高校駅伝に出場するための予選があり)することができ、県高校駅伝で4区を走りました」

◆大学では陸上同好会で競技を継続
心の中では箱根駅伝を走りたい思いはあったが、大きな実績がないため、一般入試で箱根駅伝を走れる可能性がある大学へ挑戦した。結果として明大へ進学し、「箱根駅伝から遠ざかっている時期でもあり、雰囲気が合わず、同好会で競技を続けることにしました。同好会でも5000m15分くらいの同級生が数名集まったので、一緒に楽しみながらもクラブ対抗戦、富士登山駅伝や奥多摩駅伝などに参加しながら競技を続けました」

◆強い白山中への使命感から外部指導員へ

大学卒業後はほとんど走ることもなく、駅伝もテレビを見るくらいで月日が経過していた。長男が2020年に白山中へ入学し、駅伝部に入ることになり、私自身も少しずつ走り始めた。白山中は千葉県で上位入賞や関東駅伝でも優勝するレベルだったが、コロナ禍で東葛駅伝は2年連続で中止となった。長男が3年で部長として迎えた2022年から東葛駅伝が再開したものの結果は15位。また、息子が卒業後の翌年は46位と急降下し、「当時の駅伝部員の保護者から私へコーチをやってほしいという要望と、同じタイミングで我孫子市部活動外部指導員の説明会があったことで、2024年1月から白山中駅伝部の外部指導員を始めました。その後、4月に陸上長距離の指導力がある清水健先生が白山中に異動してきたので、いろんな方面で徐々に取り戻しつつあります。一度落ちたものを取り戻すのは本当に大変だなと感じています」

◆今後の目標は白山中を常勝チームにすること
「私も今年で50歳となり、会社でもそれなりの立場ですが、外部指導員を始めた以上は中途半端な気持ちではやっていません。昨年は日本陸連ジュニアコーチの資格も取りました。白山中は今年2月の県中学新人駅伝で優勝し、先生も選手たちも本気で東葛駅伝優勝と全国中学駅伝出場を狙っていて、それに向けて私もできる限りの指導をしていきたいです。長男が中学入学以降は、自分自身もランニングを継続し、現在は、主力女子生徒のペースメーカーをしながら指導と並行して走力の維持、向上を図っています。私個人の目標も今年は3000mを9分台、10kmを36分台まで出せるようにしたいです。長期的にはこのように自分自身のワークライフバランスを図り、少しでも長く走り続けながら生徒たちに走ることや駅伝の楽しさや厳しさを伝えていきたいです。その結果、伝統校である母校白山中が常勝チームとして居続けられれば良いなと思います」

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