
スローダウン-戸嶋祥郎

ピッチを駆ける11人がいて、出場機会を待つ9人。シーズンが進めば、チームにある「骨格」を成す、「レギュラー」たちが概ね定まってゆくもの。
その一方で、「チームのレギュラー」という存在の選手はいる。おそらく、多くのクラブで。言うなれば、他の色のユニフォーム姿を想像するだけで少し妬く。そんな存在。
私たちにとって、戸嶋祥郎はそういう選手の1人。居てもらわねばならない選手の1人だ。
だが、今季はあのシャツインスタイルをお目にかかれない時期もあった。お目にかかれても、どうしても、「46分目」が遠かった。
何があった?
「まあ、苦しんでいたのは事実です」
そう話す戸嶋はこう回想した。
「少なくとも最初の頃よりは監督やチームがやりたいことに対しての『フィット』はできている。パフォーマンスやフィット…ネスの方は自信はあった…とはいえ、時間がかかった。苦しんだし、試合に出られなかったのは事実」
デビュー間もない若手を支えた試合もあった。サイドを駆け続けた頃も中盤の一角から飛び出してチームに勢い以上のものを与えるゴールを決めて、心を解き放つように歓喜のニースライドを披露してくれた試合も、体を張って貢献したこともある。それら「ハードワーク」は戸嶋が放つ「魅力」だった。ただ、今季はその「魅力」による差異がいくつか生じ、なかなか「46分目」は訪れずにいた。
その都度、話をすると、「自分がチームの流れを絶ってしまった」、「この試合は今季や自分の今後の分岐点にもなり得る」、「45分以上プレーできていないことが課題」。その苦しみはコメントの端々で存在感を放っていた。
吹きつけていた風向きが大きく変わったのは6月の清水遠征。戸嶋は23分に連動した崩しから豪快に右足を振ってチームの2点目をスコア。ゴール以外でも可能性と再現性を感じさせ、チームへのフィットを窺わせた。そして、当然のように「46分目」は訪れた。

さあ、何があった?
「自分の中で『動き過ぎないこと』は注意をしています。今のチームは『より良い場所に立ち続けること』が求められることの1つとしてあるので、自分も試合をしっかり見て、『仲間たちを見てプレーを』という部分に関しては頭がすっきりとしているんです」
華々しいチームの躍進の片隅で痛いほど味わった「苦しみ」を経て、戸嶋の中には「すべきこと」が入っていた。
「1番は『効率性』ー。且つ、『攻撃的』。この効率性の部分で云えば、『必要以上に動く必要はない』ところ。これはチームメイトたちから強く感じ、学ばさせられた部分。自分は『質より量・他の人の分も』とやってきた選手。でも、そこがあまりに飛び抜け過ぎてしまうとスペースを与えることになる。だから、『チームを信じて、求められることを続ける』こともそうですし、『自陣の後ろからボールを保持して、相手陣内でプレーをやり切る。ボールを奪われたらすぐに奪い返す。相手陣内でのプレーを続けること』が必要で、それこそ『リカルドのサッカー』の特長になるんだと理解をしています」
言い換えれば、「見る・スローダウン・止まる」ー。
「まず受ける前に『どこがより効果的か』を見ながら…その中でも『止まる』が最も大切かな。全部のパスを受ける必要はないし、動き過ぎずに、『スローダウン』をしながら、『止まる』。試合や練習の映像も確認して、『ピッチを上や外から見ているイメージの中』に立って…というような」
まず見つめているのは「相手の重心」だという。見えているから、決定的なスルーパスの機会も増えてきた。サッカー観もクオリティもアップデートされいく。
「もちろん、そこは変わってきますね。考え方、見る場所は特に変わりましたね。サッカーが上手くなった?いや、周りがみんなが上手いので(笑)。自分の粗を周りがぼかしてくれていることに感謝をしています。今は『成長ができている。サッカーがまた楽しくなってきた』って感じかな。『上手くなった』だなんて、まだまだ言えません」
少しのスローダウンはあった。そこで苦しんだ。でも、そこで立ち止まった。周りを見て、相手を見て。成長を続けて、ピッチに帰ってきた。戸嶋が捉えているプレービジョンは彼の復活のストーリーに聞こえてくるから不思議だ。

(写真・文=神宮克典)
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