
カーテンコール - 江坂 任(ファジアーノ岡山)

距離にして30mはあっただろうか、こともなげに弾むボールを擦り上げて、ゴールネットを揺らした江坂任は誰よりも先に殊勲のクロスを放ったルカオに駆け寄った。
「やっぱり、ゴールって、まずは『アシストありき』だから」という江坂らしいシーンだった。

ルカオがクロスを放つ寸前、ゴール前までまた少し遠いかというところから駆け込み、あの見事なひと振り。客観的に見ていても、心が折れてしまっていても驚きはない前半を過ごしていた岡山はこのゴールで「らしさ」を取り戻した。「一記者」、いや、「一ファン」として、この美技には唸らざるを得なかった。
「例えば、『ボールを保持』ではなく、『前にスペースがあるなら前へ』という自分たちの理想の形でしたね。走れる選手がいて、ボールを収められる選手もいる。『バックパスや横パスに頼らない』という意味でも。まだ、『自分たちのボール』の使い方にはまだ成長の余地があるようには思うけど」

試合はいきなりの劣勢ではあった。鹿島が放っていた「圧」は相当なものだった。江坂は鹿島の変化をこう話した。いわば、『ギアが違った』と。
「前半はしっかりとサイドへ散らして広げて、クロスというような形で攻め込まれてしまった。あの日の鹿島の戦い方は『鬼木(達)さんのサッカー』というよりも、『鹿島のサッカー』だった。コテコテにボールを回すのではなく、はっきりとしていた。キックオフからすぐスローインにして奪いに来たから」

その伝統的ともいえる「圧」や「戦い方」に戸惑ったのか、対峙する岡山もさらなる決定機を献上してしまうシーンはいくつかあった。しかし、面白いもので、しっかりと耐えて、マイボール時には攻め切り、CKへ繋げるなど、鹿島の流れを所々寸断していた。このへんの駆け引きは見事だった。
「粘り強く戦えるメンバーが揃っているし、どうしても試合の中で、『やられる時間』は必ずある。そこをチームで理解しているからね。あとはやっぱり『2点目を取られない』こと。前半の失点の直後から強く言わせてもらってはいた。押し込まれてしまってはいたけど、『2点目は無いで!』って。粘り強さには自信があるし、鹿島戦もその前も最後のところでやらせない守備ができたから」
後半の岡山は「表情」を変えてきた…そう実感するに至る、その途中というのが正直な時間帯。江坂のゴールでまず同点に追いつく。
「前半は『相手の圧』を感じて、あまり上手くいかなかったので、もう一度、『もっとボールに受けよう、触ろう』とチームで話し合っていた。神谷優太が上手く相手の守備を剥がしてくれたことが大きかった。あまり『ボールを持つ』ということにこだわらずに、『前へ』という意識はずっとあるし、やってきた。その姿勢がゴールに繋がったかなと」
神谷の決勝ゴールに繋がったアシストに関しては、「鹿島があのあたりにスペースが空けていたのは把握していた」という。だが、そのスペースを活かすも何も、同点に追いつき、鹿島に『ギア』を入れさせなければならなかった。その意味でも江坂の1発は大きかった。
だが、江坂は別の部分を強調していた。それこそ、この鹿島戦だけでなく、今季の岡山の戦い自体を左右する存在として、ある選手の存在を強調…いや、もう、先に言う。立田悠悟の名前を挙げていた。
「自分の中では悠悟が相当いい。相当『ピッチで喋れる』選手。後ろからまとめてくれている。悠悟のおかげでだいぶ広く守ることができているし、ボールを弾けるしね。経験のある選手だし、助かっていますよ。『自分が出ると失点するんで』なんて言ってましたけど、能力はピカイチですよ。レイソルから岡山へ来て、ディフェンスリーダーとなって、ひと皮剥けたと思います。今までは『ディフェンスの一角』だった選手が『ディフェンスの核』になったって自分は思っていますよ。経験も責任感もある選手ですから」
加えて、神谷と話題の佐藤龍之介を含めた左サイドは岡山にある「ボールを持つ」瞬間。「そこ頼り」ではないものの、多少の「手数」と「進路変更」が生まれるロマンティックなエリアとなっていた。

「リュウにボールが入った時に相手を少しずらしたり、『間』を突けるし、『時間』も作れる。自分も相手の嫌なところへ立てるし、カットインもドリブルもあるのがリュウの良さ。今のところは上手くいってますね」
また、江坂は「自分が加入する前から、岡山がずっと丁寧に積み上げできた『自分たちらしさ』が良い形で出ている」こと以外にも、ユニークな視点で勝利の理由や岡山の成長をいくつか囁いた。
「今はJ1リーグでできていますけど、J2が長かったクラブでもあるので、『カシマスタジアムで鹿島に勝つ意味』をよく知らない選手も実は多くて(笑)。そのあたりが良い方へ転んでいたかも。自分とか竹内涼、優太、悠悟とスタッフくらいちゃうかな?価値を理解していたのは。初のカシマで怖いもの知らずだったところも勝因となったのかなと。『経験の無さ』が『慢心』へ繋がらないで、『良さ』を作り出している部分は絶対にありますね」
「昇格をして、順位や結果が付いてくると、『J2の選手』だった選手が次第に『J1の選手』になっていく。そういう個々の変化は感じています。自分もその経験をしてここにいる選手だから、その重要性は知っている。J1の経験が無くても、『J1の選手』にならないといけない。ただ、『自分たちは1番下なんだ』と理解しているところも良い方向へ転んでいる」
「ヨーロッパでもあるじゃないですか?下位のチームが『とにかく守って、カウンターやセットプレーを決めて勝つ』というスタイル。そのイメージが自分たちの中にもあるから。ボールを持たれる、攻め込まれる、そんな時間はある。仕方ない。でも、『守るんじゃなく、ボールとゴールを奪いに行くよ』という狙いはあるし、自分たちの攻守のストロングを理解しながら戦うことができている」
そんなチームのユニークさや戦い方だけでなく、チームとしてのメンタリティの浸透やその中での自分の立場について話す江坂の熱もまた印象的だった。

「チームとして『残留』とか『何位』という目標設定はありません。ただただ、『目の前の1試合に勝つ』という感じ。毎節毎節、順位は出るし、勝点も変わるので、現状は『J1残留』という…指標?はあるけど、そこだけを目指しているわけでもないんで。とにかく、『目の前の試合を…』と。自分が加入する前からの積み上げもあるし、『色気付かずに戦うこと』は木山(隆之)さんからもずっと言われている。『ゴールへ向かおう』と。『地に足をつけて戦うんだ』とも口酸っぱく言われているし、その中にいる自分もね、昨年までの蔚山HDでの経験が活きているように思うんです。『我慢して、チャンスを窺う』という意味で。とにかく、前節含めて、この勝ちは大きいでしょ。落としていたら『勝点24』だったわけやから」
そして、ファジアーノ岡山を支える「岡山の人たち」との関係にも感謝する。
「いつもたくさんのサポーターがスタジアムへ来てくださって、自分たちを応援してくれている。ここまで毎試合満席ですからね。初のJ1とはいえ、盛り上がりのすごさは肌で感じていますし、ファン・サポーターの方々が『新しいスタジアムを』と働き掛けてくれていることも知っていますし、その動きにも感謝しています。その期待にしっかりと応える責任はみんなが感じています。自分より長く岡山にいる選手たちはもっと強く感じているはずだと思います。自分たちの試合運びに関しても、多少難しい試合になっても、サポーターは試合の最後まで信じてくれていると思っていますよ」

彼らへの思いや感謝については、あの日の「ラインダンス」がすべてを表現しているはず。今週はそんな温もりたっぷりのサポーターたちと戦う2度目の「中国ダービー」が待っている。
「季節や気温のこともあるから、『いけるところはガンガンいくし、ボールを持つところは持つ』、そんな判断も求められる試合になる。自分や経験のある選手たちがチームをリードしていけたら。広島も鹿島のような状況、ギアは入れてくる試合になる。夏の小休止前の大事な試合、ましてや、『ホームでのダービー』。前回のダービーの結果もあるので広島は相当な覚悟で臨んでくる。広島には木下康介が来て、また脅威が増えた。康介に関しては悠悟を中心にシャットアウトして欲しいし、その前の守備も大事になる。とにかく自分たちらしく、粘り強く戦います。強いチーム、ボール保持型のチームに対する経験は積めている。悠悟を中心に要求し合っていきたい。日程的なアドバンテージはあるけど、そういう時こそ、自分たちらしく戦わないと」
…と、まぁ、立田コラムを含めて、ここまでは私なりの「ファジ活」だったし、外様から見れば、「岡山・江坂対広島・木下」はどう考えても熱いわけだが、私には聞かなければならないことがあった。
それは「5・10日立台」についてだ。ぜひ、「ゴーテンイチゼロヒタチダイ」と読んで欲しい。
私にとってはあの日はうるっときて聞けなかった案件だ。
まず、「どうだった?」とシンプルに投げ掛けさせてもらった。
「5月の日立台?楽しかったですよ。あの日のレイソルは強かった」
結果は2ー0でレイソルは完勝。江坂は69分間のプレーだった。旧知の間柄であるリカルド・ロドリゲス監督からは「アタル、どうだ?今は幸せか?幸せにやれているのか?」と声を掛けられ、交代出場の際に江坂へ向かって真っ直ぐに挨拶に来た途中出場の細谷真大に対しては「あの時、体調不良ってあったでしょ?だから、『体調不良やったらしいな?メンタルでもやったんか?』といじっていたら、「マオにやられた」というエピソードを持つ試合。

「自分たちが『レイソル対策』をし切れていなかった。ボールを持たれてチャンスもたくさん作られてしまった。特にあの日は(古賀)太陽と小島(亨介)のところでボールを奪えなかった。あの2人で相手を剥がせてしまうから。対戦する側がGKとCBのエリアを『プレッシャーのスイッチ』にできないところはレイソルの強み。前からのプレッシャーに自信を持って臨んだけど、あの2人に折られてしまった。GKを含む『11対10』の状況を作られると完全に折られるからね。あのクオリティは高いね。次はしっかりと対策をしないと」
そして、江坂は「ゴーテンイチゼロヒタチダイ」、そのカーテンコールをこう振り返ってくれた。
「あの日は試合前から温かく迎えてくれていたことは感じていました。試合中にもバックスタンドにもゴール裏にもレイソル時代の自分のユニフォームを掲げてくれている方々がいて…うん、めちゃくちゃうれしかったですよ。だから、日立台の特長的にみなさんの顔がはっきりと見えるところまで行って、しっかりと挨拶をしたかった。あの日、自分もスッキリとすることができたのはありますけど、きっとレイソルサポーターの方がスッキリしたんちゃいますかね。ずいぶん待たせてしまったので、できてよかったです」

みんなが待っていた。神谷と立田と3人で感慨深げにスタンドを見つめ、ロッカーに引き上げる最後の瞬間にはもう一度深々とお辞儀をするほどの挨拶だった。
元々、江坂としては「挨拶したいねんけど」というスタンスではあった。我々だってずっと無視できない存在だ。「間違いなく、『選手として1番良い時期』を過ごしたのはレイソル時代やと思う」とまで言ってくれているくらいだ。ただ、色々な誤解や事の拗れはあった。機が熟すことを待つ必要があった。その機が熟しただけの話、私たちの心の震わせ方を変えて帰って来ただけの話ではあるが、必ず残しておかないととここまでの文字数を使ったまで。とにかく美しい光景だった。
8月の対戦ではどんなストーリーが待っているのだろうか。「カシマでの光景」を見てしまった分、岡山への脅威は増している。だって、また「良い時期」を過ごしているように思うから。

(写真・文=神宮克典)
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