ふれあいあごら

泥だらけが、正解だ!

「わ!歩けなーい」と言いながらも、ちゃんと入っていく。田んぼというのは不思議な場所で、子どもたちはいつも最初だけおっかなびっくり。長靴の底が泥に吸いつく感触、足を抜くたびに鳴る、ぬぽっという音。それが3回もすれば、もう夢中になっている。

八千代市保品、伊勢谷津。集合場所に集まった家族連れが、長靴で歩き出す。舗装路が終わり、林に入り、草の匂いが濃くなるころ、子どもたちの会話が自然と止まる。耳が、別のものを拾い始めるから。

この谷津田の豊かさは、放っておいて生まれるものじゃない。丘陵の谷間に田んぼが広がり、林と水路がそれを囲む。「八千代自然と環境を考える会」のメンバーが、草を刈り、土をあげ、水路を整える。人の手間があってはじめて光が地面まで届き、在来の野草が息をつき、カエルが卵を産みにくる。田んぼ一枚に、命の連鎖がある。手入れをやめた里山は、静かに死ぬ。だからこそここは生きている。

活動は一年をかけて巡る。春は野草を摘んで天ぷらにする。夏は田植え。秋の稲刈りには3歳から大人まで大勢が集まり、高学年の子が年下に刈り方を教え、昔ながらのガキ大将の姿がそこにある。冬は保護者も付き添いながら薪を割り、火にくべる。子どもたちが率先して「かまど」の準備をし、市内で取れた野菜を調理、収穫したもち米でみんなで餅をつく。

生き物に詳しい先生が来て、一緒に虫を探す日もある。野草を観察しながら草刈りをする日もある。どれも、図鑑には載っていない時間だ。親たちも気づけば子どもと並んでしゃがんでいる。さっきまでスマホを見ていた手が、気づいたら土に触れている。

泥だらけで帰る子どもの顔を見て何かを取り戻した気持ちになるのは、きっと親の方だ。忙しい毎日の中で忘れていた、あの感覚。自分もこの世界の一部だという感覚。
(八千代市議 飛知和真理子)

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