「右ヴィラン」という聖域ー馬場晴也
5月10日のことだった。
大歓声に包まれた三協フロンテア柏スタジアム。右サイドから柔らかくテクニカルなクロスで細谷真大のゴールを演出したのは馬場晴也。そのゴールを守り切り、約1ヶ月ぶりの勝利を飾った試合後。
最初のお立ち台に立ったのは馬場。
「ユニフォーム、投げてすいません…。あ、ユニフォーム投げてすいませんでした!」
馬場はゴール裏のレイソルサポーターの前でそのように謝罪。
操作するトランジスタメガホンの不具合などもあって、馬場は計2度謝罪の意を表明することになったのだが、私の知る限り、馬場がユニフォームを投げてしまった回数と一致していたのはなんだか愉快だったし、「すいませんでした!」と言っている割には明らかに半笑いだった。

すると、巻き起こった馬場への特大のブーイング…とは言っても、ブーイングする側もみんな笑顔だった。馬場も気持ち良さそうにサポーターを煽っていた。
柏レイソルの「ヴィラン」、爆発的誕生の瞬間だった。
「悪役」や「ヒール」、「ダーク・ヒーロー」と呼んでしまってはなんだかしっくりとこない。なぜか「ヴィラン」がしっくりくるから馬場という人は不思議である。
ともあれ、いつの試合といつの試合でユニフォームを投げてしまったかを掘るつもりは毛頭ないし、その振る舞いを全力で肯定するつもりも無いが、この一件、馬場はどう感じていたのだろうか。
「ソーシャルメディアをあまりというか全然見ていないから、周りから言われてから初めて知ったというか。『ユニフォームのこと』?自分は知らなかったんです」
それならそれでいい。その件についてはもう、あの特大ブーイングと共にあの綺麗な空のどこかへ飛んで行ったはずだし、そろそろサッカーの話をしなくてはいけない。

何度か感情が抑えきれない瞬間が何度か訪れたくらいだ。馬場が「今季?最高です」なんて言うはずはなかった。立ち上がりから前線の守備強度が足りず、そのツケを払うような役回りとなった開幕の川崎戦から始まり、馬場は何度か途中交代を経験している。
「自分が出場した浦和戦も水戸戦も、良い感覚で試合に入ることができていたので、その分の『反動』じゃないですけど、交代時の『アクション』に出てしまっていたのかもしれませんね」
以前から、「現在の交代枠は『5』だ。UEFAの統計など見てみても交代枠の使い方は以前と変わってきているんだ」と話すほど、迷いなく交代カードを切るリカルド・ロドリゲス監督。「プロの世界」、「実力の世界」、「勝負の世界」である以上はしょうがないことだが、「カードを切る側」の思惑がある分だけ、「カードを切られた側」の気持ちもあるものだ。
「今季の自分に関しては全く納得はいっていないですけど、『なんでオレなの?』という交代も経験しました。もちろん、自分が出場した試合でのパフォーマンス的にだって納得がいっていない」

仮にコメントがここまでなら、ただの「闇堕ち」寸前の選手。なぜか化学の見地から「分子化」されることで知られる「不満分子」扱いに待ったなしという文脈かもしれないが、そこで馬場はふと立ち止まった。
「…でも、この状況を『自分の成長』と考えた時に、例えば、自分という選手は試合の早い段階で交代をすることになる経験というのをあまりしてこなった選手でもあるし、今季は同じポジションの選手が離脱した時に、自分ではない他の選手が起用されたこともあったんですけど、その後のトレーニングに取り組む姿勢や考え方のところで、昨年よりも、プロになってから今までのキャリアの中でも、よりじっくりとトレーニングに向き合えている。自分の中にいろんな思いがあっても、『向ける矢印は常に自分で、その矢印をより強く』というか。その後のトレーニングをより深く考えて取り組むことへ繋がっていったのはありますね、あの状況を『そっち方面でのプラス』に繋げることができたことはすごく大きかったと思います。でも、納得はできていない。そこはあるんです、それはチームも個人も」
足下に伸びた自身の影には角や大きな羽根のシルエットがあったかもしれない。だが、彼は奇妙なダンスをしながら階段を降りて、街ごと焼き尽くすタイプの「ヴィラン」でもなければ、建物をボタン1つで破壊するタイプでもない。誰よりも強くなろうと練習場へ現れた。そこで目にしたのはキャリアに関わらず、努力を続ける犬飼智也や仲間隼斗といった選手たちのシルエットだった。
「自分よりもキャリアのある先輩たちがいて、試合に出られていない中でも、毎日しっかりとトレーニングをしている。ワンくんや隼斗くんたちの姿勢から感じるものはあった。『腐ってみたり、キレてる場合じゃないよな』と。その意味では今までにないシーズンを過ごせていると思います」

その後の京都との「明治安田J1百年構想リーグ地域リーグラウンドプレーオフ」第1戦では83分から途中出場。小見洋太への優しいアシストを決めている。
「自分が入った時の流れは良くなかった。相手にボールを持たれていた感じもあったので、『良い流れを作りたいな』とは思ってはいたんです。最初、ワンツーだったかな。パスをした時に相手の寄せ方がそれほどでもなかったので、『自分からギアを上げていいよな』と。それが何回かチャンスメイクやアシストへ繋がったと思います。交代時に思っていた以上に、サブとしての役割を果たすことができたと思っています。自分が途中から入って変えられることは『リズム』だったり、『テンポ』なんだと思う」
時折見せるタッチには彼に刻まれた「出自」を感じることがある。流れるリズムは独特な味わいがある。だが、アシストの直後にはゴール前中央へ駆け込んでいた瀬川祐輔からカミナリが落ちた。
「ああ、あれね。自分は全然知らなくて。セガくんは『出せ』って。自分としては、間接視野ではコミちゃんを捉えていて、『セガくんも飛び込めるよね?』ってパスを出したつもり。『スイマセン』って感じでしたけど、あの時は間接視野的に7割かな、コミちゃんのボウズ頭が入ってきてました。びっくりでしたね(笑)。特殊なシーズンではありますけど、『最後の最後に結果を出せたかな』と捉える方がいいかなって」
それくらいでは動じないところにも、「ヴィラン」や「出自」を感じずにいられない。

もちろん、R・ロドリゲス監督も馬場にお墨付きを与えていたことはここに書き添えておきたい。
「ポジティヴだ。とてもね!馬場の成長は本当に素晴らしいものがある。このシーズン終盤、最も高いパフォーマンスを見せている1人だよ。チームが良く機能している中で、スタメン起用とはいかないわけですが、スタメンの選手たちを含めてみても高いパフォーマンスを見せている。彼からしたら、『右WB』のポジションは『3番目に得意』ぐらいのポジションかもですけど、攻撃も守備も高いパフォーマンスを見せてくれていることは評価に値する。難しい時期もあったが、気持ちを切り替えて臨むことを選んで、努力をしてきた選手。『現在与えられているプレー時間以上』のプレー時間に見合うパフォーマンスを見せて大きな貢献をしてくれている。難しい時期、難しい選手交代もありました。そこを乗り越えたという成長、そこで得た経験というのはとても大きなことだと思う」
右WBなのだが、WBらしくない。WBの位置から相手にとって嫌なことをしてくれる「右ヴィラン」。そう馬場を見ていると解像度が飛躍的に上がるのでおすすめだ。
昨夏、「馬場って言います。『馬場ちゃん』とか『バビ』って呼んでください」と札幌・西野奨太選手が考案したという愛称・「バビ」と海賊のようなルックを引っ提げて、レイソルの門を潜ってから1年が経つ頃、レイソルサポーターは、奮闘する馬場へ個人チャントを送ったのだが、音に喩えれば、「ババババババババ!」と押し寄せてきたとびきりのこの愛情表現の前に、当の「ヴィラン」は少し混乱していた。

「みんなに言われますからね。『すごいね!』って。チャントが気に入ったか?…それはもっと何回も聞いてみないと。もうちょっとしっかり聞いてみないと分からない。まだ馴染んではいない…あまりにも衝撃が強いから(笑)!もう少し時間をください」
チームへの感謝もある。試合が続く中、肩をいからせて、感情のやり場を探すような選手に対して、少しだけ時間を置いて、着替えやタオルを片手にそっと寄り添う人間はいる。
「選手たちの間だけではなく、コーチ陣からもよく声を掛けてもらっていますし、特に松原直哉フィジカルコーチとはたくさん話して、いろんな言葉をもらっている。それは普段も試合後もで。もし、そのコミュニケーションが無かったとしたら、試合だけでなく普段の振る舞いなども含めて、『もっと良くない方』へ進んでいたかもなって思いますから…なんて言うんだろ。『あの時期』は人にささぇ…」
それから、一拍置いて、「ヴィラン」はちょっと照れた。
「…なんだろ、言葉にすると難しいけど。『人から得られること』が多かったですね」
ちょっと焦ったかったが、「人に支えてもらった」という表現は彼のブランディングに反する表現の1つなのかもしれない。ただ、ニュアンスは受け取った。

そして、別れ際、この「ヴィラン」設定についても問うてみた。
「ああ、『ヴィラン』?…良いですよね。オレは好きですよ。そういう選手だって、チーム内には必要でしょ?チームのために悪役になるのは嫌いじゃないし…でも、そう考えるとね、あのオレのあのチャントは『方向性』が違うよね?って…」
ほら、また半笑い。またそうやって…。
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