「おかえり」はまたいずれ。ー熊坂光希

ビビッドなスパイクを小脇にかかえるなり、カツカツと鳴らしてクラブハウスから現れる熊坂光希を見られたのは長い夏が終わろうかという段階だったと記憶している。

「暑い夏の時期にリハビリをするよりもいいのかなって思うんで、また一歩一歩がんばります。夏までには戻れるといいのかなって。W杯・オランダ戦?…間に合わないです(笑)」

タイミングが合えば、そんな会話をある程度定期的にしていた。育成年代から多くの離脱の経験をしている選手ではあるが、それとこれとは話が違う。今回は夢に見たあのユニフォームを着るかもしれなかった、その寸前での右膝前十字靭帯断裂だった。

辛いことくらいは分かる。

だが、日本代表チームのジャージ姿のまま柏へと帰る、その心情などについて想像もできなかったし、今思い出すと何のために聞いたのか分からないが、手術を予定していた病院も確認したほどだった。

ただ、まず、熊坂を笑わせたかったのと、いつも励ましなんてきれいなものではなく、「待っているよ!」と言いたくて、数分の些細なコミュニケーションを試みていた。

それもなんか聞こえが良すぎる気がするが…。

ともあれ、その理由はたくさんのケガをしてきた選手だが、きっと、間違いなく熊坂の復帰を待ち、望んでいる人たちの数は彼が経験したことないスケールになっていたことが伝わるといいと思った。結果的に伝わっていたかどうだったかは別として。

いわゆる「リハビリ」がいつ終わったかは知らないが、そんなことはもういいじゃないか。新たな人材を迎え入れ、厚みを増したレイソルのメディカルセクションの方々の丁寧な仕事によって、2025年5月23日に日本代表入りが発表され、その後に大ケガを負ってしまった選手が2026年5月23日の千葉ダービーで復帰を果たした。そんな素敵なディテールと共に熊坂がピッチへ帰ってきた。

試合時間は残り10分ほどのタイミング。熊坂は馬場晴也と共にリカルド・ロドリゲス監督に呼ばれていた。少しだけ行ったり来たりの時間帯があったが、勝利と共にレイソルサポーターへの顔見せを済ませた。

「本当に久しぶりの試合でしたから、緊張もしていましたし、コンディションもまだまだ上がり切っていないので、『まだまだだな』という感触だった。でも、このハーフシーズンの最後に復帰が間に合ってよかったって思っています」

そう話す熊坂に早速それっぽい質問をいくつかさせてもらった。まずは王道の質問、「プレーしてみた感想は?試合を振り返ってください」という趣旨の質問だ。

「交代で入った時は点差もあったので、もっと余裕を持ってプレーをしたかったのはあるんですけど、あの時間は『相手の勢い』などもあったので…失点もあったし、バタバタしてしまっていたところもあった。同じように自分も慌ててしまっていましたね。『試合に出る以上は試合全体の流れなども考えながらプレーしなきゃいけない』と感じていました」

ここで「※ケガ以前より声が出ている」と記憶にメモをしながらの取材となって、「しんどかった時期は?いつくらい?」とまた投げさせてもらった。

「気持ち的に一番しんどかったのは…もちろん、ケガをしてしまった直後もそうなんですけど、練習場へ戻ってボールを触れるようになってからですかね。全体練習へ『部分合流』をしてからも、リハビリがなかなか進まなかったり。そこはしんどかったですね。練習に戻ってからも、練習中に周りに気を遣わせてしまっているのも結構しんどかったですね(笑)」

熊坂がだいたいどの程度練習に関与していたのかは聞いていた。ボールを触り出したのは確か昨秋だ。そういえば、徐々に全体練習に近づいていった頃、細谷真大は「実際にどのくらいの強度で熊坂に当たっていいのか、その加減がまだ全然分からない(笑)」と言っていたし、その少し前にはR・ロドリゲス監督も「リハビリの途中には『良い時期』と『そうではない時期』というものが選手それぞれにある。思い通りには進まないものなんだ」と話してくれていた。こればかりは時間による解決を待つほかなさそうだ。

熊坂を呼び止めたこの日はR・ロドリゲス監督の定例会見があったので、ここで一度、「振り返り」をもらった。テーマは私たちも目にしてきたボランチ陣の「変遷」とでも言おうか、昨年の開幕からの約3ヶ月間でこのチームにMF陣に求められたベースを表現していた熊坂がいくつかの意味合いで「もたらしたもの」を追う意図で。

「私たちは『熊坂光希&原川力』のコンビでこのチームのシーズンをスタートさせましたが、彼らはこのチームが良いスタートを切るための重要な仕事をしてくれていた。経験豊富な原川は『ゲームを読む力』がある選手。そのような特別な能力を持つ選手と共に、熊坂がスタートを切れたことは大きかったと思う。その後に2人が負傷を負ってしまいました。そこでノブ(中川敦瑛)の活躍があり、うまく穴を埋めてくれた。ずっと取り組んでいた『シャドー』ではなく、ポジションを一個下げてうまくフィットしてくれた。山田雄士のボランチ起用もチームにとって間違いなくプラスでしたし、素晴らしいものをもたらしてくれた。一昨年は右サイドでプレーしていた雄士でしたが、右ではなく中央で起用をして、ノブのコンビで良いプレーをしてくれていましたし、彼らをカバーするように戸嶋祥郎も重要な試合で大きな貢献をしてくれた。そのような事情もあって、昨夏に小西雄大を補強できたことも、昨年のボランチ陣の問題解決へ繋がっている。雄大はホームでの浦和戦でのあの見事なゴールなどチームに素早く適応して、勝利に貢献してくれていた。昨年はケガや実にいろんなことがあったポジションでしたが、選手たちが穴を埋めて解決してくれていたのでチームの機能性は保たれていた。この世界、いろいろなことが起こるものだが、その際に別の選手が高いパフォーマンスで穴を埋めてチームに貢献することが必要不可欠。それが証明された」

不思議なもので、聞けば聞くほどあのまま熊坂がレイソルの中盤にいたとしたら、見られなかった事象に次ぐ事象ではあった。この手のことは記者がダラダラ書き連ねるよりも、監督から言葉をもらう方が正確だ。

では、「今後の熊坂に何を求める?」。

そこもしっかりと聞かせていただいた。

「これから熊坂に求められるのは『公式戦で求められる試合のリズムに適応すること』です。練習の中から試合をイメージをしてやり続けなければならない。この後に一度夏のオフがありますが、そこで休み過ぎることがあっては今の彼にプラスにならない。『フィジカルコンディション』だけではなく、『戦術的判断』や『パスのクオリティ』、『立ち位置を決める判断』も含めて、試合のリズムを取り戻さなくてはいけない。フィジカルコンディションというものは、時間が経てば解決することができますが、その部分だけでは良いプレーはできない。試合中の難しい展開の中で正しい判断を下しながら動かなくてはいけないし、それというのは容易なことではない。体そのものは完治したとしても、試合の流れになかなか乗り切れないということは復帰後にあるもの。それは私も膝を手術した際に経験しているんだよ。だから、よく分かる」

この見解に含まれているのは、この後に控える選手たちの復帰が叶った際にも共通の理解が必要だということ。要するに熊坂のリハビリは続いているのだ。

一度設定されていたはずの時間軸がすぐに変更されているような錯覚を覚えるほど目まぐるしい進歩を続ける「現代」サッカーは、様々なクオリティが折り重なるものだし、「私はこのチームにMF陣に『賢さ』を求めている」と話す監督のチームだ。その意味で、いまだ熊坂はリハビリを続けていると見ていいはずだ。確かに熊坂はあんなもんじゃない。さらに言えば、私たちはまだ「あの春以上」の熊坂をまだ知らない。

しかし、どこからどう見てもポジティブな事実に変わりはない。

「熊坂だけではなく、ケガから『彼ら』が帰ってくれば、チームの選択肢は増えていく。それと同時に試合数も増えるので、『チームの全員の力』が必要になる。先日、この夏以降の試合日程を確認していたんだよ。この夏の開幕からの4ヶ月ほどで『30』を超える試合が私たちを待っている。私たちが『4つの大会』で上を目指すためにはいろいろな選択肢が必要になる」

少し身震いしてしまうような、少し昔に体験したような、強度高めの情報が詰まった回答をくれたR・ロドリゲス監督にこの日最後の質問をした。

「監督にとって熊坂光希とはどんな選手ですか?」

すると、こう話した。

「私の中で彼は『完成度の高いボランチ』だ。フィジカル的にも恵まれていて、広いスペースを守ることができる選手でもある。攻撃でも貢献することが出来るし、『戦術的な賢さ』も備えている。セットプレーでももっと貢献できると思います。何よりも、プロとして、この仕事に取り組む姿勢も素晴らしい。まだ若いですし、まだまだ成長をする伸び代を持った選手なので、例えば、彼が『より大きい成功』を目指すのであれば、それを成し遂げることができる、十分にその可能性を秘めている選手だよ」

何だか、すごいことを聞いてしまった気分だった。今回の質問のいくつかを踏まえた上で、同時に感じていたのは「プレーオフラウンドでの『熊坂起用』については慎重なんだろうな」という予測だった。

なぜなら、監督の経験や知識が負傷箇所の回復具合に明るいこともあるが、これだけ高い評価をしている選手だ、そこそこの回復レベルでは起用してはこないだろう。「まだ全然焦る時期ではない」と一応の理解はしていた。

とはいえ、見たい光景はある。

昨春の段階で、いち早く「光希は代表にいける選手ですよ」と太鼓判を押していた原川との阿吽の呼吸はもちろんのこと、「光希くんがいる『安心感』があった。競争はまた激しくなっていくことになるし、チームはまた良くなっていく」と話す中川との競演。熊坂のピッチインを間近で見届けていた細谷とのプレー。熊坂の完全復帰となれば、とびきり代謝の良い古賀太陽の汗も落ち着きそうだ。互いのスペック的にも相性が良さそうな瀬川祐輔もいる。小西雄大はまた新たなディテールを発揮するだろうし、山之内佑成や島野怜たちとのプレーを待つサポーターも多いだろう。きっと、小泉佳穂は少し声を裏返しながら「熊坂がいる喜び」を話してくれるはずだ。

「全然まだ多くの選手たちと組めていないので、その楽しみはあります。早く選手たちの特長だったりをすり合わせしていきたいですし、フィットしていけるようにこれからやっていかなくてはいけない。まずは残り試合をとにかくケガ無く終えること。夏からの次のシーズンへ向けて、『コンディション』と『試合勘』をしっかり戻していくことを大切にしたいと思います」

そう話す熊坂に「ウォームアップからあまり感慨を見せなかった」と伝えると、この日初めて否定をされた。

「ピッチへ出てきた時、雰囲気だったり、チャントを聞いた時はすごい鳥肌が立っていたんですよ。さすがに感慨深さはありましたよ!あまり見せないようにしていただけです(笑)」

時は北米W杯。どこか何かとてつもなく大きな何かに、力ずくで連行されている感すら強いのが少しばかり癪だが、この大会が終われば、また新たなサイクルが始まるものだと思われる。その前に「『最高の景色』を見るのか」、「『最高の景色』、そのものになるのか」については見ものだが、さすがにまだ気が早いし、あのグループ、あのポジションに割って入るのは至難の業だと知りながら聞いてみた。

とりあえず、まだ完全復帰を目指す立場の選手が相手だ。野暮な言葉は不必要。至ってシンプルにこう聞いた。

「もちろん、再び『代表』に?」

答えもシンプル。

声はまだ出ていた。

「はい」

意地悪でもなんでもなく、リハビリはまだ続いているし、熊坂が果たすべき「復帰」のチャプターもまだまだ続いていく。「あの日の、あのジャージ」は自宅にて保存をしているようだが、実はまだ、あの27番の青いユニフォームに袖を通すことはおろか、手にすらしていないという。

だが、まず、その前に目の前にある「競争」だ。今やレイソルのボランチ陣の先頭に立つことだって至難の業。そのうち、「あの春以上」の熊坂を見れる日を気長に待ってみようと思っている。

この記事を書いたライター

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