吉法師の読書案内⑪『百年の短歌』

いのちの糧・良書吉日

三枝昂之が選ぶ近代短歌105首 『百年の短歌』 三枝昂之著(新潮社刊)

 「短歌は人間の体温にもっとも近い詩型だから、人々の暮らしの哀楽が、そしてその人が生きた時代がおのずから刻み込まれる」と著者はいう。『百年の短歌』の百年には「長い年月」の意と、「近現代短歌の百年」といった括りもある。本書には105首の短歌が掲出されている。以下は本書からの引用だ。

 今野寿美『農村が雪占といふうつくしい心で呼吸してゐた日本』。雪形が季節の訪れを告げ、人々が農の暮らしを始める。そうした自然と共に生きる営みを壊したのが震災、原発事故。声高な批判や痛切な悲鳴はないが、歌には静かな悲しみと怒りと詩の香りがある。

 長塚節(たかし)『鶏頭は冷たき秋の日にはえていよいよ赤く冴えにけるかも』。節は喉頭結核のため婚約を破棄した。しかし婚約が解消されても二人の思いは切れず、相手から「只待ってます」と手紙が来て、節はさらに苦しむ。鶏頭は節でもあり、自然と私は一つ。命への尽きぬ愛惜をこめた境地に節はたどり着いている。

 河野裕子『手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が』。世を去る直前の苦しさの中から洩らして家族が書き取った、文字通りの絶詠である。「息が足りない」という命の水際で振り絞ったあなたへの呼びかけ。感傷を振り払った切迫感が読む者の胸に広がってまことに切ない。短歌は人生のドラマを掬いとる詩型である。

 俵万智『空中に繰り返し書く指で書く「い・た・い」はあと一文字で「あ・い・た・い」』。つらい切ない痛いが充満している今日の青春。しかしそこに一文字加えると人との絆が小さく蘇り、心に温感が広がる。言葉のセンスが光る俵万智版の人生への応援歌だろう。

■吉法師
 漁師町の生まれ。青春は陸上競技に明け暮れ、その後、トライアスロンにも挑戦。中学生時代、国語教師への憧れから、読書に目覚め、今や本の虫。

この記事を書いたライター

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