![[Essays/あの頃の僕らは] - 中谷進之介(ガンバ大阪)編](https://tokatsu-mainichi.com/wp-content/uploads/2024/11/image_123650291-8-1-300x214.jpg)
まわしたノブ。見えた景色-中川敦瑛

中川敦瑛のプレーに惹かれたのは3月のある練習取材日。
良いムードと目を見張る強度を見せていたゲーム形式のメニューをこなす柏レイソルの面々。「今年のレイソルは違う」と方々で言われ出したそんな時期だった。
相手を惹きつけて、いざとなれば先手を取って、前方へ進んだ。ボールの置き所が良く、思い切りの良い仕掛けが印象的だった。中川をレイソルへスカウトしてきた李昌源氏から聞いていた「ノブの長所はたくさんあるんですけど、1番の長所は『サッカーが上手いこと』なんですよ」という言葉がしっくりきた。
ただ、この頃の中川はまだ左サイドでプレーをしていた。いわゆる「コヤマツ」の位置。左を中心にいくつかのポジションを任されながら、デビューのドアは開かんとしていた頃。
「練習やTMで徐々にWBでプレーする機会が増えてきています。監督からは『ゴール前での仕事を求めている』と言われていて、プレーやアイデアをキャンプの時期よりも出せています。クオリティと周囲との連携を深められたら、チームの武器になれるのかなと思います。今はずっとルヴァン杯に向けて取り組んでいて、出場機会が来たら、『結果』と『自分がやってきたこと』を出せたらいいなと」

意欲的に照準を合わせていた3月のルヴァン杯・沼津戦にベンチ入り、4月に入ると、ルヴァン杯・福島戦とJ1リーグ・新潟戦と招集を受けた。
この時期、中川ら若手選手たちは「リカルド・ロドリゲス監督」という監督を知るひと幕があったという。
「監督が自分たちのスパイクを確認して…自分は固定式スパイクを遠征に持って行っていて、その日はピッチが雨上がりの状態でかなり濡れていて。『ピッチに合うスパイクを選ぶように。今日はこのスパイクでプレーするのか?』と。その日は出番が来ませんでしたね。すぐに取替式を用意しました。それ以降も監督はよく言っています。慣れていかないといけないですけど、今も自分は固定式を使いたいタイプなんですけどね」
そして、「あの試合はどっち式のスパイクか忘れましたけど…」と笑っていた5月のルヴァン杯・山口戦は中川にとって重要な一戦となった。当時の中川はインサイドMFとしてスタメンの機会を得て、69分に先制ゴールを奪う活躍を見せた。

下部カテゴリーのクラブ相手とはいえ、忘れられないプロ初ゴールで勝利に貢献。強かにボールを奪って中川へお膳立てをした仲間隼斗と古澤ナベル慈宇に感謝しつつ、「当時の自分にとってはすごく大きな結果だった。以前より少しだけ見られ方も変わった気もしましたね。もちろん、ある程度。少しだけですけどね。毎日が勝負でなんです」と話しながら山口戦の収穫を回想。

「初スタメンで、前半は思うようにはいかずという試合。ゴールに関して言えば、『理想的な守備からのゴール』に関わることができました。前線の3人の守備からショートカウンターという。監督が求めている守備を出せてよかったです」
だが、ご存知の通り、これらのステップは助走に過ぎなかった。あと付けになるが、加入以来、毎月ステータスを上げているのも面白い。

6月、ようやくドアは開かれた。中川は長期離脱者が続いたMF陣で頭角を現すことになる。ポジションは横浜FCユース時代以来となるボランチ。3連勝を飾った6月の「ヴェルディ・シリーズ」の流れを引き寄せたのは中川のゴールだった。明らかに「出世試合」だった。
「出場はギリギリまで知らなかった。プレーの感触は良くて、守備で不安はありましたけど、自分らしくどんどんボールを触るつもりでした。『ボールに関われたら、自分の良さを出せる』と思って。自分が『このポジションでも結果を出せる』ところを見せたいし、自分はボランチらしくないところが『自分らしさ』。相手もそこは嫌だと思うので、自分らしさを追求して、相手にとって『嫌なボランチ』を目指していきたい」
東京Vに圧倒された初戦の立ち上がりに不安はあれど、それはチーム全体の話ではあったし、中川の云う「感触の良さ」はボールの持ち方や三丸拡のクロスに突っ込んでいけてしまう姿勢などのプレー選択に象徴されていた。あれは完全に「トップ下」の間合いだったし、中川が云う「らしくない」光り方は随所に見せた。明らかに「地味ではない選手」という印象も良いものだが、それらはただの「好印象」というレベルではなく、結果的に最も分かりやすい「ゴール」という結果で回収された。

また、第2戦ではカウンターから垣田裕暉のゴールをアシスト。右サイドを駆け上がりながら、捉えていた視野と巡らせていた思考は中川の質を証明していたように思う。
「カキくんに出したロングパスは…あの時のカキくんはCB2人に挟まれていました。だから、『カキくんならファーを狙うかな』と考えて、GKが触りにくいボールを蹴りました。CBもカキくんにヘディングでは勝てない感じの体勢だったので、『高めでふんわりとしたボール』を選びました」
よく見て、よく感じながらの見事な仕事だった。
ゴールとアシストという明確な結果とそこから生まれる信頼を積み上げながら、このシリーズ最終戦では最も安定したパフォーマンスを披露。相手にも捕まらず、シンプルな選択を繰り返して勝利に貢献。当然、取材エリアでも注目の的となり、「そろそろ、ノブを貸してくれ」と言わなければこちらも話をできなくなった。そして、話ぶりも幾分変わってきた。
「自分のボールロストを狙われているだろうと思っていて、少し慎重な判断をしていこうと。試合を通じ、ボールフィーリングも良く、前を向くこともできていた。『今日は大丈夫だ』と思っていた。あとは『最後の質』。そこをまた上げていかなくては試合に絡むことができなくなるので、自分に求めたい。どこかにミスがあるとビルドアップもうまくいかないですから、ルヴァンの時よりも慎重にプレーしていました」

こんなプロセスを経て、その後に「鉄板化」していくことになった小泉佳穂や山田雄士、渡井理己らMF陣にも恵まれている。中川はこの3人に「すごく助けてもらっている」と感謝する。
「3人の存在自分にとって本当に大きいです。あの3人とプレーをしながら、『プレースタイルが似ているな』と感じています。みんな、『ここに居て欲しい』という場所に必ずいてくれるんです。揃って技術が高いので、相手を誘うような駆け引き的なギリギリのパスも簡単に収めたり、引き取って、捌いてくれますからね」
熊坂光希がいれば、MF陣は懐の深い熊坂を軸に布陣を変化させていく凄みがあった。中川が関わる現MF陣は幾分コレクティブ。「手数の違い」、「個性の連なり」が強く、また別の味わいを感じるユニットとなってきた。その中での中川は「ボランチだが、その効能は限りなくトップ下」というユニークさは際立っている。
「最初はクマくんたちのやり方やイメージに合わせていた自分がいましたけど、今は『自分の持ち味を優先して』と意識してやれていて、良い方向に転んでいるのかなと思いますけど、『チームのバリエーションの1つ』に自分がなれているのであれば、それでいいです」
どんなにパスを連ねようとも、ボールはいつか失うもの。付きまとうのは「守備」の質。そして、「ボールロスト」への対応。このあたりは実戦で得た経験が何よりものをいう。
「試合を振り返ると、守備の時に、『きっと、クマくんなら潰していただろうな』という点はすごくあって、攻撃でもまだイージーなミスが多い。その正確さを高めていかないとクマくんのように認めてはもらえないですよね。あと、タニさん(大谷秀和)から『ミスの後に慌てて守備にいかなくて構わない』と言われました。確かに『自分が取り返す』と慌てるよりも、状況に冷静に対応するべきで、ミス直後の立ち振る舞いがチームに流れてしまうようなことはやめようと。『ミスは起こるもの。気持ちを切り替えていこう』と考えています」
デビュー直後はまだ感情を全身で表していた。両腕を広げたり、天を仰いだり、しゃがみ込んだもしていた。今は表情にこそ出てしまっても、その表現は少なめだ。プレーを繰り返すことに集中しているように映る。
その振る舞いの真価やここまで経験してきたことを問われた7月の鹿島戦についてはどう感じていたのか?
「前半は『想像以上の強度だった。あんなに速いとは…』と感じていた。前半は特に相手のリズムに合わせて、相手の強度に対して、パスだけで剥がそうとしていたし、ある程度はできていましたけど、落ち着かないまま失点をしてしまった。でも、すぐに強度に慣れていたし、自分は『大丈夫じゃん』と感じていた。マンツーマンで強く来てるけど、最後までもたないだろうと。結果は悔しいですけど、後半は楽しくやっていました」
76分には瀬川に縦パスを放ち、一時は同点に追いつく貴重なアシストを決めた。中川の効能が発揮された瞬間でもあった。ここでも視野と思考について聞かせてもらった。

「あの時は左を意識していたら、相手が棒立ちになっていて、自分の前にもスペースも見つけていたので、ドリブルで進入を考えていたら、瀬川くんの周りのスペースもすごく空いていて、動き出そうとしていたので、足下を狙ってパスを出しました。速いボールで入れ替わって前を向いてもらおうと」
でも、少し強かった。
「瀬川くんくらいしかいないですよ、あのパスを収めてくれるのは!出した瞬間は『怒られるやつだ…』って思いました(笑)。あのパスは練習から瀬川くんと準備してきた。その準備が結果に繋がってよかったですし、自分はあのパスが好き。『あの位置からFWへクサビを入れて…』と考えているんです。マオくん(細谷真大)もあの動き出しが上手いので同じようなチャンスをまた作り出したいです。シュートもいいですけど、ラストパスが好きなんで」

重要な結果を手にしたと思う。見た目以上に勇気が必要なパスだったとも思う。準備期間はだいたい3~4日、試合は90分程度、年間45~50ある試合に関われるのは最大で1試合16名。時間と椅子には限りがある。
また、いつかの自分のように、MF適性も高いDF山之内佑成(東洋大学)や大学サッカー界屈指の大型ボランチ・MF島野怜(明治大学)が日立台のドアをノックしようとしている。この稿を進めている最中にも山形からMF小西雄大が加入した。まだ何があるかもしれない。だから、結果に結果を重ねなければならない。自惚れている暇はない。
「試合には出たいし、自分なりにやってきた自信もある。チームのために上手く共存していきたい。その選手にとって、自分が必要な場合もあるはずなので。MFは人が揃ってきてるんですよ…層が厚いです。監督も『タイトルを』と言っている。目の前にチャンスがあるので、残り試合の全部に出たいし、1試合1試合を大切にしたい。欠かせない選手になりたい。、『結果にこだわること』や『持ち味』を忘れずに『次のステージ』へ向かうためにも結果を求めていきたい」
中川の中にある「次のステージ」。それはやはり「欧州」。そのドアはなかなか開かない。
奇しくも、日立台にスタッド・ランスがやってくる。「欧州」を知るというよりは、「欧州の個」との距離感を量る絶好の機会だ。「国際試合となるとかなり久しぶり」という中川。ランスには同い年の関根大輝がいる。今季はすれ違ってしまったが、中川は関根をどう見ている?
「すごく楽しみな試合ですし、ランス相手にどのくらいできるのかも楽しみ。試合に出て、1点取りたいですね。自分にとって今のセキは『すごい』存在。あの少ない期間でA代表まで進んだので。ただ、それは自分たち選手にとってのチャンスでもあるし、自分の中には『悔しさ』のような気持ちもあるので、ランスにも勝ってまたJ1リーグに繋げていきたいですね」
毎月のようにインパクトを残し、ステータスを上げている中川。「一回やってみたかった」という金髪もやった。「それっぽく」はなってみせた。さて、次は何を見せてくれる?どんなドアを開くんだ?どの「把手(とって)」に手をかけた?

(写真・文=神宮克典)
この記事を書いたライター
