吉法師の読書案内⑫いのちの糧・良書吉日

天保義民事件に材をとった時代小説『義民が駆ける』藤沢周平著(新潮文庫)

庶民や下級武士の哀歓を描いた時代小説作家、藤沢周平の歴史史実長編小説。天保年11年(1840年)11月、荘内藩に激震が走る。大御所徳川家斉が老中を通じて、川越藩・荘内藩・長岡藩の三藩の三方国替を命じた。一方的な命に荘内藩は驚愕し、領内の農民たちの受けた衝撃は大きかった。農民たちはこの災厄を自らの力で跳ね除けようとし、荘内藩自身もこの幕閣が放った黒い山に一戦を挑んでみようとする。

農民たちは藩の動きとは別行動で徒党強訴を企てる。しかし、そんなことをすれば懲罰は極めて厳しいものになる。訴えるといっても江戸にちょっと行ってそれで願いが叶うというものではないから、次々と人を繰り出すことになるだろう。

藩の首脳も事態に対処するため、まずは御用商人と必要な金策をする。関係個所へ金をばらまくために八万両が必要という。しかし、御用商人はその金額はとても用立てられないと断る。この命は覆ることはないとわかっていても、藩は藩で必要な策を次から次へと繰り出す。そして形勢が少しずつ動いているのを感じる。それが農民たちの嘆願の力もあることも承知する。

閏(うるう)1月30日、大御所家斉が死んだ。その知らせは明るい材料として受け取った。家斉の存在そのものが国替中止を求める動きの中で障害としてあったからだ。さらに、国替を望む川越藩でも藩主の世子が亡くなったという。なんという奇遇か。老中のメンバーも半数が入れ替わり、老中水野忠邦の江戸町奉行の人事を替えたあたりから潮目が変わる。その江戸町奉行の取り調べにより、この国替の沙汰は不当であり、幕閣の裁定で停止が決まった。まさに大逆転である。

荘内藩はこの知らせを江戸藩邸から国元へと伝える早駕籠を走らせる。駕籠が領内に入ると、駕籠の後ろを農民たちが付いて走ってくる。身体の奥底から突き上げるように喜びを叫ばずにはいられない声が湧きあがった。 

※今回で私の本欄担当は終了となります。次の執筆者「風来坊さん」にバトンを渡します。1年間お付き合いいただき厚く御礼申し上げます。

■吉法師
 漁師町の生まれ。青春は陸上競技に明け暮れ、その後、トライアスロンにも挑戦。中学生時代、国語教師への憧れから、読書に目覚め、今や本の虫。

この記事を書いたライター

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