またさらに根を張ることの意味

いつもとは異なる足下に足を取られぬように悲鳴付きの「忍び足」で進む柏レイソルアカデミーの選手たち。

それぞれ夢中になって苗を水田に植えていく。事前の座学も含めて、少しの説明しか受けていないのにまさかの田植えセンスを発揮していた選手もいたのは面白かった。

でも、そのうちやるとは思っていた。

そこについては確信すらあったし、「少年たちの任務」ぐらいに思っていた。

「いいか?やるなよ?飛ぶなよ?」というやつだ。

時間にして、だいたい30分くらい経ったころだっただろうか…。

「うわー!」


そんな大声と共に飛び散る泥水。そのまま、水田に横たわったまま大爆笑の選手たち。

彼らのウェアを洗うことになるであろう親御さまには申し訳なかったが、「いいぞ、もっとやれ!」の気分であった。

ゴールデンウィークのど真ん中、株式会社柏染谷農場のご協力で実現した柏レイソルアカデミー生たちによる「田植え」事業の場にお邪魔した。

プレスリリースには「アカデミー生に私たちが毎日食べている『お米』がどのように作られているのか、その背景にある農家の方々の努力や工夫を直接学ぶ機会を提供すると同時に、サステナビリティ活動についても学びます」とあったが、注目すべきはこの機会が「田植え体験」でも「田植えしま専科」でもなく、「事業」であること。

アカデミー生たちが苗を植えた水田のサイズは実にお米10俵分にあたるという。重さにして実に600キロ分のお米が育てられることになる。

ユニークなのはこの苗の育成の際に用いられる肥料となるのが、「三協フロンテア柏スタジアムの芝」であるということ。いわば、柏レイソル・小泉佳穂が望んだピッチをグラウンドキーパーであるグリーンテック株式会社(千葉県柏市)が再現する中で刈られた芝から、染谷農場さんの水田でお米が育てられるという構造。

この事業の仕掛人は、柏レイソル広報部・森田将孝氏だ。

詳しいキャリアについては他所に詳しいが、簡単に説明をすると、この春、「東京都千代田区丸の内一丁目」から、「千葉県柏市日立台1丁目」へやってきた「攻めの広報」との異名をとった方でもある。

4月の初顔合わせの際に「今度、アカデミーの選手たちと『田植え』をするのでぜひ来てくださいよ」と言われたら、どんなものなのか行かない手はない。個人的な「レイソル取材史」内でも白井市の梨をいただく機会はありましたが、水田はその取材への移動中に眺め、目を休めるものだった。

「私たちはこの機会を『食育』であったり、『環境教育』の場であると思っているんです。せっかくこんな素晴らしい環境が用意していただけるのなら、ぜひやってみようと」

そう話す森田氏はこの事業にこめた願いをこう表現してくれた。

「普段食べているお米が、こうやって水田で育てられてから食べていることを知らなければ、彼らも大きくはなれないし、強くもなれない。さらにそのお米の肥料となっているのはトップチームの選手たちが戦うスタジアムの芝からできていること。それを選手たちに体感してもらいたかった。それを『柏レイソル』という環境で取り組むんだということも。普段の彼らはサッカーに励んでいますけど、クラブとしてはこの先の人生で『サッカー以外はどうでもいい』という選手にはなって欲しくない。我々は彼らの『人間作り』にもクラブとして取り組んでいかなくてはいけないという願いもあるのです。この中でプロサッカー選手になれるのは一握り。大人になってから、『何も知らない人』になってしまっては困る。田んぼに入って行って、田植えをして、『こんなに難しいのか』と気がついてくれることも大切なこと。また、あれこれと『手を変え品を変え』でやっていきたいと思います」

早くも柏レイソルが放つ「次の一手」が気になるところだが、何のためにこの「事業」や「広報」があるのかは重要だ。森田氏はその核心をこう話した。

「人材もいらっしゃるし、皆さんが協力的です。人も環境もあるので、私もいろんなアイデアを出しているところです。10個出したアイデアの中の3つを実現できれば、私はそれでいいと思っています。理想的には『街が育つこと』と『クラブが育つこと』、その成長曲線が揃うことが大事だと思っている。そんな取り組みをサッカー以外で次々に展開することができればと。柏市というこの街とこの環境は、私たちの『ホームタウン』であるし、私たちの『アドバンテージ』でもあるので、いろんなことを考えていますよ。今後もまた乞うご期待ということで」

今や様々なツールが存在しているが、いつの時代も「広報」に期待されるのは、「ブランドの価値や信頼を高めること」。そこに変わりはない。では、このような形で広報した「お米」の行き先とは?既に価値や信頼が高まる音がしている。

「このお米についても色々と考えているところです。これだけの量がありますから、美味しくいただくことも、どこかへ寄付をさせていただくとこもだってできます。もっと言えば、みなさんに販売することだって考えられる…肥料が日立台の芝ですから、青のりとセットにしてとかね(笑)。いろんなことをクラブで考えていきたいですね」

染谷農場さんのお米は千葉県柏市の農産物直売所「かしわで」でも購入可能である以上、今後のある程度の建て付けは容易く想像がつくし、事業のポテンシャルも感じる。まずは秋の収穫を待ちたいところ。

実は柏レイソルトップチームの中にも「なんで自分を田植えに呼んでくれなかったのか?」と広報部へ猛抗議をするほど関心を寄せる選手がいる。この選手は早くも秋の収穫に名乗りを挙げているなど、そんな効果も生まれている。

そのアングルでもこの「事業」は良いスタートを切ったと感じるし、私たちの柏レイソルがこの街にまた何か新しい根を張る瞬間を見るかのようだった。

…というのは大人側の勝手な理屈である。

そろそろ、この日の「主役」に登場いただこう。

この日の「田植えスタメン」を代表して、柏レイソルUー11所属・石川春樹選手に登場いただいた。

「足を田んぼの中に入れた時の泥の感覚がすごく気持ち良かったです!今までに感じることがなかった気持ちを感じることができました。泥や土の上を歩いていく感覚は今まで感じたことがない感覚で、それを経験できて良かった。苗を掴んで、植えていく難しさを知れてすごく勉強になりました。植え方も難しかったです。少し風が吹くと、すぐに倒れてしまうんですよ。力を調整して植えているんだって知りました。こんなに難しいって知りませんでした。また田んぼに呼んでもらえたら?絶対に来ますよ!楽しかったですから!」

そんな気持ちの良い体験談を話した彼らを引率するだけでなく、自ら裸足になって田植えをしていたのは柏レイソルアカデミー・輪湖直樹コーチ。輪湖氏はレイソル生え抜きの指導者でもある。指導者としてこの機会をどう感じているのだろう。

「自分が育成年代の時にこんな機会はありませんでしたよ。まず、苗をどのように扱っていいのかすら分からないところからのスタートでした。3本くらいを一列に揃えて植えることも難しかった。今までにない経験ができましたし、自分自身もお米のありがたさを知る機会になりました。選手のみんなにもこの経験を何かに活かして欲しい。『ごはんのありがたみ』でも『感謝の気持ち』でも何を感じていてくれたらうれしいです。そこはサッカーにも繋がっていくはずなので…毎週やらせてみましょうか(笑)?」

古賀太陽も細谷真大も仲間隼斗も未経験の領域・「田植え」事業に文字通り足を踏み入れた選手たちの健やかなる成長を願うばかり。「あの田植え以来、相手に走り負けないんです」というアカデミーレポートに期待をして。

この記事を書いたライター

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